2012年3月30日金曜日

乙だね、ベトナムの花盆栽「PHONG LAN」

本日は当校と早稲田コンサルの移転。それで一部の私物を自宅に運ぶ際、頼むのもセオム、つまりバイクタクシーさ。
リヤカーという「文化」がほとんど見あたらないベトナムで、荷物はバイクに満載。今回は近いと言うこともあって、バイクタクシーの40代の男は跨がわずサドルにも段ボールのっけて、僕と一緒に歩いた。僕の新居は一階に庭があって、というより昔で言う土間というか、三和土があると言ったほうが、解りやすいかもね。鉢物も多く置かれていて、その方面が暗い僕には名称が書けないけれど、可憐な花(Hoa)が鈴なりにさいているもの、新緑の明るい綠がまぶしいほどで、葉のみで鑑賞に堪えるうモノなどなど、考えれば、すごく上品な鉢のある土間風なパティオなのである。良いところさ。ラッキーだね。学校の移転は近所だから、造作がない。

さて、バイクタクシーの如何にも生活者的なワイシャツと色黒い顔の彼が、僕の私物の次の荷物を取りに行っている間、大家がオートバイで売りに来た植物満載の若いキリッとした印象の田舎の娘と交渉をしているのを見物した。どうも、50万ドンで値が決まったようで、つまり2000円だね。程よい大きさのものだ。良い感じ、この婆さん庭の趣味もそうだが、この観賞用ぶらさがり植物の選択も目が高い。僕は毎日「め、お〜い:ねえ、お母さん」と言ってるこの婆さん何者か、とも考える。以前、この家を借りることにしたとき「ご主人は何してるの」ときいたら、HCMCにいるとだけ応えて、ちょっと不可思議なのだが、息子はスロバキア大学の教授で、テトの時一度会ったし、40代の娘がロシアから出戻り風に居候している家族で、まあ、普通の家じゃあないなあと思っている。さて、自分の花がきまったら、嬉しいのか、近所のじいさんたちにのこ娘を紹介し、隣の矍鑠(かくしゃく)とした老人、また、斜め向かいの家の僕と同年代かと思われるおじさんが財布持って出てきた。

矍鑠人が、物珍しそうにバイクにくくりつけられた植物群を見ている日本人の僕をみて、スラスラ英語で、言ってきた「あなたは、日本人か、この婆さんの家にいる人か」ときいてきて、「英語上手か」とも言ってきたので、「very little」といつものように答え、親指と人差し指で「ちっちゃい:少し」という日本人の指仕草した。もう一人は、いきなり僕に深く頭を下げ「ありがとうございます」とおどけた。4ヶ月間、かつて仕事で東京に居たことがあるらしい。彼の正体は分からないが婆さんの話だと、矍鑠おじさんは昔ハノイ工科大の教授だそうだ。

想像するに、彼らが40才代に時はベトナム戦争が一番激しいときであり、何処で流暢な英語を学んだかは知らないが、その時代のインテリの留学先は大抵、モスクワ大学か、キューバのハバナ国立大か、はたまた北朝鮮の金日正総合大学なので、逆に言うとそういう大学では英語をかなりマスター出来る環境になっていたのだろうと想像する。喫緊にまた会えるだろうし、その時に何処の大学に留学していたかなど聞いてみようかな。ベトナムの政府や共産党の幹部の大学時代の同窓会で大きいのはモスクワ大学卒と聞いているので、そこかもね。

さてさて、僕はそこで、二人に「この花盆栽を逆さまに吊したような鑑賞植物はなんて言うものなのか」聞いたら、PHONG LANだという。

大家さんがさっき買ったPHONG LANを嬉しいことに2階にある僕のベランダで鑑賞できる様に3階から、吊して見やすい位置にぶら下げてくれた。ちょっと解りにくい写真ですが、腐った木(真ん中の茶色い太いもの)に草花を接ぎ木のように一体化させて寄生させるようにして「吊し」ている「花盆栽」。これは逆さにはなっていないが、これを逆さまに吊した物が、販売の娘のバイクには多かった。
そうこうしていると、また、僕の荷物を運んでくれているバイクのドライバーが、二度目の荷物を抱きかかえつつ、後ろの荷物台にも段ボール乗せて汗だくでやってきた。PHONG LANのバイクを中心に談笑している僕等近所の人々とは別に、黙して重い荷物を下ろし始めたセオムの運転手。彼は、僕に視線もくれず、ひとつ目の段ボール箱をよいしょと担ぎ上げた。


下の写真:僕の家のベランダ。テトの時の金柑がまだ沢山実をつけたままに置いてある。三畳間ぐらいの狭いものだが、朝起きてコーヒー飲んだり、夕日を浴びてビール飲んだりには、最高の場所なのだ。価格の割に(言っちゃあだめだよ、女中さん付いて家賃250$だよ)最高のアパートと言って良いだろうね。PHONG LANも乙だけれど、このベランダ空間もさらに乙(甲ではなく)なのさ。

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