2012年9月23日日曜日

無垢について少し語りたい


僕はいつから無垢に関心を持つようになったのだろう。あどけなさという言葉でも良いんだけれどもブラックホールの深淵すら想像される眼で無垢の赤ちゃんの人間や動物たちは、僕らの存在そのものを引き込む磁力を持っているかのようだ。
さていま、無垢の事を耕論する精神的な落ち着きが無く、ちょっと延期。10月の半ばまでにここに書き足します。

2012年9月13日木曜日

第二期のハノイ貿易大学の日本プロジェクトスタート

さあ、元気な声で授業スタートだ。
大学の国際部長も参席


第二期のハノイ貿易大学日本プロジェクト「日本社会の基本教程」が始まりました。嬉しいですね。この授業は僕にとって生き甲斐のひとつになっているからね。無上の喜びです。第一期生は7名中現時点で6名が日本本土の日本企業に採用されています。残りも今年中には何とかなるでしょう。ということは100%の就職率。従って、第二期もそうなるように目指します。

今回は9名でスタート。遅れての参加も1〜2名あると思われます。日本語のレベルという意味では去年の第一期の学生より良いですねぇ。はっきりとは言いにくいですが、レベルは上です。また、日本社会についての知識や情報も話をしているだけですが印象としてよく知っている学生(今回も全員女子学生)が多いようです。本当に楽しみです。

9月11日の開講式には学長は来られませんでしたが、NAM国際部長が参加してご挨拶いただきました。当クラスの特徴をかいつまんで言いますと、通常は全員ノートパソコン持参で授業に参加する。インターネットは宿題も授業も大いに活用いたします。宿題だけでなく、事前調査も授業の一つであり、きまった授業時間だけが授業時間でない方策をとります。つまり、毎週5時間では、全く足りないと思うからです。また、前回と少し違う今回の特徴はディスカッションやディベートの時間を大いに増やし、「聞いて話す」の体験をさらに重要視した事です。総時間は130時間予定。

なお、第一期生によって自主運営されているブログは、今春で止まっていますが、また、今月中にWEB委員も選考されて再開される模様です。 http://vci-jac.blogspot.com/

以下、当クラスのカリキュラム概要です。


             第二期 カリキュラム概要
1 日本企業理解の基礎
A■日本企業社会の基礎知識
 1日本の産業構造
 2日本の企業史  飛鳥時代から
 3戦後の産業 ソニー ホンダ トヨタ 松下
 4現代の日本の産業と今後  製造業 サービス業 流通業 小売り他
 5ベンチャー企業 ニュービジネス 
 6農業の再興 東北の復興
 7日本とベトナムの経済関係
B■会社と仕事の概要
 1マーケティング 営業
 2総務 法務 税務 ISO 知的財産 
 3マネージメント 人事
 4各産業界・分野の解説
 5株式会社 財団法人 NPO
 6世界の中の日本のものづくりと現状
C■ ビジネスマインド
  1企業に就職し社員になるということ 
  2働いて給与をもらう厳しさ
  3プロとは何か
  4仕事のレベルアップと学習(仕事内容・日本語・技術)
  5会社の中の仕事上での目標と計画
  6日本の労働習慣、VNとフランスの習慣
  7営業職の重要性
D■ 組織の一員としてのルールと常識
 1社内規則・ルールの基本と厳守の心得
 2社員教育、キャリアステップ、自己実現、組織の中の個人
 3企業秘密、コンプライアンス、CSR活動、環境活動など
 4日本語や技術、法律や当企業の分野の高度知識のキャリアアップ(習得)について
 5報連相 整理整頓など社内の常識
 6挨拶 礼儀作法 日本人に好かれる対応 
 7問題解決への思考 
E■ 企業の求める人材
 1日本人学生の就活の実態
 2留学生の就活の実態
 3企業は外国人に何をもとめているか。
 4企業は君に何を求めようとしているか。
 5雇用形態のいろいろ
F■「勝つ面接」の特訓
 1各人の学部学科で学んだ「知識と技能」の表現 カウンセリング及びスキルコーチ
  ング
 2面接のシミュレーション、 実践と訓練

2 日本語によるスピーチ、ディベート、ディスカッションの訓練
  と体験
  1論理的な思考と発言、音読
  2話題つくり
  3表現のいろいろ 
  4表情、姿勢、仕草
  5英語の発音補正も
  カタカナ外来語、職場のカタカナ用語の暗記

3 日本の社会を理解するための基本
     *詳細は、第一期に準じるが、進捗させながら調整する。
  ・ 日本の歴史
  ・ 日本の地理
  ・ 世界地理
   日本の現代社会の現状と課題、社会現象
   日本の社会のシステム
  ・ 日本的価値観と心のあり方、 3月11日以降
  ・ 礼儀作法、挨拶の基本と実践
   生活の中の文化とルール
以上。


《ブログご高覧を感謝いたします》
僕のブログの中でアクセスとページビューが多いタイトルと日付け、紹介致します。
ぜひ、ご高覧ください。多いのは一日1400名の閲覧もありました。

・2008年11月 赤塚不二夫先生のこと
・2009年1月 「ジャクリーヌ・ササールとかBB(べべ)とか」
・2009年5月 ゲバラの映画「モーターサイクルダイヤリーズ」
・     5月 カムイと名著「ベストアンドブライテスト」
・2009年9月  水虫には歯磨き「つぶ塩」が効く?!
・2009年10月「救うのは太陽だと思う」
・2009年12月「爆笑問題の失笑問題」・・・・・1日で1440のPV
・2010年1月 阿倍仲麻呂はハノイの知事である。
・2010年2月 MAC・MAC /  立松和平さんの死。
・2010年3月 「サンデープロジェクトの打ち切り秘話」
・2010年4月 リクルートの罪 /  金のTSUBAKIの女優たち
・2010年12月 映画「ノルウエーの森」の失態
・2011年1月 「お笑いの山崎邦正のベトナムアルバイト」
・2011年3月 メイドインジャパンから「Made by JAPANESE」の時代認識へ
・     3月 「大震災をベトナム人は語る」
・2011年4月 映画「東京物語・荒野の7人・シンドラーのリストほか」
・2011年5月 復興構想に必要な「人口8000万人時代の国づくり」発想
・2011年5月 梅原猛先生が「文明災」について語った。
・2011年6月 消滅している東北弁
・2011年7月 なぎさホテルという哀愁
・     7月 辺見庸氏が3・11とその後にある本質を語った。
・2011年10月 石巻の大川小学校に行った
・2011年11月 石巻・大川小学校のひまわりのお母さんたち
・2011年12月 ハノイ貿易大学日本プロジェクトの学生たちのブログができたよ。
・2012年 1月 成田空港の不幸と幸せ伝える人
・2012月 1月 お正月は竹内まりあの「人生の扉」だね
・2012月 3月 ベトナムの床屋さんの良い感じ
・2012月 3月 ベトナムの青年に進んでほしい「経済以外の分野」
・2012年 4月 ベトナムで石巻・大川小学校のひまわりの芽がでたよ
・2012年 5月 ベトナム国会のとんでもVAIO
・2012年 5月 猫の流転譚 ハノイ漂着
・2012年 6月 TBS「たけしと安住のニュースキャスター」にVCI登場
・2012年 7月 日本の会計士さんたちが当校に大勢みえた
・2012年 9月 第二期のハノイ貿易大学のプロジェクトが始まった
・2012年10月 経済学者中谷巌先生が当校で学生と交流

これからも、よろしく、ご高覧ください。阿部正行




2012年9月10日月曜日

大川小学校のひまわり2012夏 写真

このひまわりは、大川小学校の遺族会のひまわりグループの福田さんのお子さん昌明くんのご遺体が発見された今は砂地になっているところにすくっと屹立している一輪のひまわりです。今年も見事に咲きました。(三角地帯からはだいぶ離れたところのようです)


今年も三角地帯には見事にひまわりが咲きました。

三角地帯がひまわりで、満席状態ですね。



笑っているのかな。上の6枚はひまわりグループの福田さん狩野さんからお送りいただきました。「ひまわりの丘」というお母様たちの声で構成された本が出版されました。広く読まれると良いですね。



2012年9月7日金曜日

今夏にあったこと、「えいっ」とまとめた。

さあ、日本出張から報告しましょう。
きむらゆういち先生のアトリエで子供向けの工作技術と展開の演出を毎日勉強した。きむら先生は「あらしのよるに」で有名ですが、こういったリサイクル紙製品などのエコ学習の本もたくさん出版しており、これを今秋から、ハノイ、ホーチミンの小学校で進めていく予定です。この写真は8月3日かな。

目白の椿山荘のきむら先生の夏休み親子工作教室に参加して。二人はこの直前、椿山荘の日本庭園を散策して、感銘を受けていた。

この写真は今年2月にきむら先生が来たときに試験的に授業したハノイ市内の有名小学校でのもの。

演出の総合力をつけてもらいたいし、僕も見たかったので横浜でのミュージカル「CATS」を見に行った。最後の猫の口上に泣かされたよ。

横浜の赤煉瓦倉庫にて。NGOCさんとNGANさん。
8日間に渡った工作の研修も終わっていたので、お気楽です。

ベトナムの人は裸足になる癖がある。埠頭でも。

東京タワーにヒエンら卒業生と一緒にいった。

僕のむすめのはるひと四人で。青山の中華料理。


きむら先生(右手前の縞シャツのひと)がNGOCとNGANの工作学習のお疲れ様会をご自宅のお庭でやってくれた。本当にありがたいです。先生、ごちそうさまでした。

日本の花火に興じるふたりと、木村先生。今夏の日本出張については、NGOCさんのfacebookにたくさん写真が掲載されています。そちらも見てください。

7月末から名古屋の名南税理士法人(名南経営)の国際部の正社員として稼働しているズンさん(向かって左)とフエンさん。周りの若いスタッフたちが親切に何でも教えていただいているようでした。本当にありがたい。ズンさん、フエンさん、がんばって。
8月25日。
大川小学校のひまわりグループの福田さんの息子さん昌明くんのご遺体が見つかった場所に、福田さんは今年も苗植えして、立派な一輪が咲いた。よかったね、昌明くん、福田さん。




今年も大川小学校のひまわりグループの皆さんがひまわりを育てました。三角地帯はひまわりであふれていますね。お母さん方のお手紙を編集した「ひまわりの丘」という本が出版されたようです。とっても良かったですね。



4月についで2度目の「ハノイ貿易大学日本プロジェクト「日本社会の基本学教程」の第二期生の説明会です。授業は9月11日から始まります。

当校オフィスにて、31日の僕の誕生日に皆さんがランチ料理をサプライズで作ってくれた。うれしいです。実は28日はNGOCさんの30歳の誕生日。残念ながら写真がないんですが、ケーキと花束とシャンペンで、このメンバーでお祝いをした。右からCHIさん、NGANさん、NGOCさん。

鶏煮込みは、うまかったよ〜。写真がうまく撮れていないけれど、サラダ付きの美味しいランチになった。みんな、ありがとう。

NGOCさん、7月8月は楽しかったけれど、とっても忙しかったですね。7月1日には、僕がパスポートを深酔いのあげくタクシーで盗まれ、次の日から深夜まで「公安」とのしんどい対応。今夏はここから始まった。でも、あなたはマネージャーとして、CHIとNGANをうまく指導して、日本出張も学校の件も多くの忙しさを乗り切ってくれましたね。本当にありがとう。9月7日
















2012年9月6日木曜日

文字通りラオスは美しい

これもタート・ルアン寺。空が群青に近い深い色にうまく撮影できた。本当のピーカン(映画界用語の快晴のこと)日であった。撮影は15時過ぎ頃。僕のカメラ持つ手や腕、首筋を強い太陽光がじりじりと刺した。

ホーパケオ寺。西洋人の観光客が3,4名いただけで寂しいくらい閑散としていた。俗化させていない印象。とても僕は気に入った。


世俗化ストップの仏様の仕草。

人物なしの写真にすれば良かったね。ホーパケオで。

ラオスの大学本館正面。


全く読めないが、「国立ラオス大学」と記されているはず。1996年5月と想像される数字がある。創設の年月日だね、たぶん。15年ほど前か、やはり、国の体制ができてきて間もないのですね。

是非、特筆したいんだ。僕のホテルの部屋の中央にある天井照明。真下から撮影した。灯りに群れる蛾がデザインされている。おしゃれだね。初めて見たなあ。

2012年9月5日水曜日

ラオスは文字通り美しい

金色で有名なタート・ルアン寺。手入れも行き届いている。紺碧の青空の中の金色には凄みさえもある。

4日、仕事(僕の本のゲラのチェック)があると思ってビエンチャンのホテルで待機していたら、それは5日だとNGOCさんに電話で指摘され、慌てて午後に街に観光に出た。で、最初に驚いたのは、ラオスの女性は豊満、つまりデブが多いと言うことであった。ベトナムはデブは極端に少ないからね。ついでに禿もほとんどいない。GNP55位ぐらいのベトナムと比べて130位ぐらいのラオス(国民が600万人しかいないからね!)のデータが僕の頭を巡って、本当に不思議に思えた。ベトナム同様にやせっぽちが多いと頭から思っていたからだ。途上国だからという先入観とは本当に恐ろしいね。10年以上前に何度か話したことのある歌舞伎町の飲み屋のラオス人女性も美しかったがやせ細っていたんだ。顔立ちは中国人や日本人に近く肌も白いハノイのベトナム人女性たちに比較して、ラオス人はタイ人に近いというか、豊満な女性陣は太平洋の島々のポリネシア系の人々に近い印象だ。ともかく若い女性も中年女性も3人に一人は太っていたのだ。この現象は最近の急激な豊かさが原因なのかしら。今日、ホテルで聞いてみよう。でも、レセプションの女性にいきなり僕の訥弁の英語で「ラオスの女子にデブが多いのはなぜか?」ときくのは、ちとはばかれる。

 *参考 GNI(個人に換算)では、ルクセンブルグ1位、米国8位、日本15位、韓国20位、中国80位、ベトナム118位、ラオス121位)

観光地「仏陀公園」に行くデコボコ道の途中でメコン川に遭遇した。「おお、これがメコンか」と内心感動。滔々と流れる様は雄大だ。タクシー運転手があっちがタイさ、と指さした。川幅どれぐらいかしら、1キロぐらいか。「タイは、近いんだあ」。向かい側は当方より幾分大きなビルや寺院が見え、整理された街に見える。あっちは西日に映えていた。
ところで、ラオ語でラオスは「 beautiful、(VN語で)dep、美しい」の意味。まずはいい国のように感じたしシンパシーも覚えた。が、ちょっとした距離しかない川向こうがタイであると、言語や社会の仕組み、生活上の感覚などが有無を言わせず大量に日常的に流入してくるんだろうなあ。タイの影響は町中にあったね。たくさんある寺院のデザインはもとより、看板などや民家の色合いもほぼタイ方式に感じる。インターネットで調べたら、タイ文化やタイ語の席巻でラオ語は危機に瀕しているらしい。軍事的、政治的には、(主に中国の脅威から)ベトナム兄に守ってもらい、文化はタイ的な要素をどんどん入れている国。島の国日本では育たないバランス感覚を特別に持っているのだろう。
メコン川。川向こうはタイ国。情報のタイからの流入に抗するためにか、ベトナムのテレビチャンネルが5局、ラオステレビで放映されている。

仏陀パークの有名な仏の寝姿の前で立ち姿。


仏陀パークを見ながら、香港のタイガーバームガーデンを思い浮かべた。


 街は首都であってもまあ、こじんまり。中心街というようなものが、あったかどうか。タクシーであちこち巡ったが、ハノイにあるぐじゃぐじゃした街にはお目にかかれなかった。だから、いつも街外れの印象で、ベトナムと違うのは通常の住宅は金持ちで無い限り、木造平屋でトタン屋根なので、一見日本と見まがう一角さえあった(写真取り損ねた)。見まがうで言えば、アメリカ中西部の砂漠地帯のドライブイン中心にしたタウンにも似ている。なぜかって言うと、やたらピックアップトラックが走り回っているからなんだ。カーボーイハットのマッチョがのってる相場のピックアップ。後ろに小さな荷台がついている、アメリカ好みの4WDだ。なぜ、それが、ラオスの乗用車部門の見たところ30%以上を占めているのだろうか。我がベトナムがオートバイ大国なら、ラオスはピックアップ車の天国かな。タイやカンボジア、ミャンマーの車事情をよく知らないけれど、
おそらく、このピックアップは多そうだね。写真にもあるようにビエンチャンの都会っ子は、僕の宿泊したDRoseホテル近くの交通量多い交差点で、通過車の乗用車系の半分はいかないけれど、3割はいくほどの数であった。日本車が多かったが、アメ車もあったね。いま、ビエンチャンの空港の待合でこれ書いているが、目の前にあるテレビではラオスのハンサム青年の「青春物語」風なテレビドラマがあって、主人公の青年、かっこよくピックアップを乗り回している。
向こうに見えるのグリーンの車は例の太いパイプ付きだ。

ともかくやたらとピックアップ車が行き交う。

ラオスの生産しているコーヒーの店。アラビカもあり、飲んでみた。

9月2日はベトナムの独立記念日。時節柄、兄弟国ラオスでもあちこちにベトナムの旗があった。

ラオビール。あっさりしていて、ベトナムの「ハリダ」に近い味わい。

ベトナムの「フォー屋」と同じようなたたずまいであちこちにあるうどん屋。確かに美味しいが地味なテーストで、「オー、うまい」と台詞が出てこなかった。

フィリピンに在るような乗り合い「オート三輪」車。専用のバス停もあって定時に動いている車両も在る。

ベトナムほどの工事数ではないが、どこもかしこも建築ラッシュだ。ハノイはいま、60階建て、40階建ては珍しくない高層ブームであるが、全市見回した訳ではないけれど、ここはどうも5階建て、10階建て止まりだと思う。でも、街外れの街道にはコベルコ(神戸製鋼)の建機が、20~30台、キャタピラのも数十台、コマツも大量においてあって、ものすごい建築、土木のブーム近しの雰囲気。驚いたのはベンツの建機が40~50台並んでもいたことだ。見たこと無いよね、普通。なにせ、ベトナムは日本のODAの「お陰もあって」国中の道は舗装されて(山岳部は知らないけれど)いて、一応おわりかけているのとちがって、このラオス、角栄さんならうれし涙もでようと言うくらいの「国土改造計画」が今から在りそうだ。ミャンマーの次かな。

書いていて、ちょっとラオス史を見た。懐かしい名前が、ずらりだ。クーデタ起こした(かっこ良い)コン・レ大尉、のさばってきた(悪いやつ)ノサバン将軍、左翼パテトラオ、殿下なのにいつも革命側の不思議なスファヌボン殿下。クーデタ当時1960年で、政治に並々ならぬ興味を持ち始めた小学校六年。その時の印象でそう覚えていた。実はコン・レ大尉は、「コンラッド」と記憶に入れていて、高校の時に映画(ピーター・オトール主演)見て、本読んだ「ロードジム」の作者コンラッドと混濁していたようだ。





2012年9月4日火曜日

文字通り美しいラオス


昨日、初めてラオス航空に乗った。「不況だ不況だ」とベトナム人は嘆いているが、それでも8700万人の大国ベトナムの経済の熱は冷めているとは思えないが、その大国のベトナム航空ですら、飛行機の機体に不安を感じているのは僕だけではないけれど、ラオス航空に乗って機内の軽量化された椅子・内装をみて、予算かけていないと即断できるしつらえ。むむむ。でも、よく考えると、ベトナム航空のは重量感ある日航などのまがいものだが、この「軽量鉄骨的安レザー張り」内装と什器備品は格安のLCCの時代を考えれば、これはあり、であって、人口600万人という小さな国でちょっと国力がまだ途上の国の飛行機だからといって、乗った矢先から差別的に不安に思う僕の馬鹿さってなんだ、と思わず反省してしまう。がんばれラオス。

反省もそこそこにワクワクしていると(僕はいつも全く言葉が通じないとか、知らないところに行くとき、心躍る)、いきなり、懐かしい臭気。墨と硯(すずり)の臭いがしてきたんです。どういう事だろう?なぜここで?そういえば僕小学校で3年間ほど書道をやっていて、東北書道展で銀賞とったことある初段なのです(エヘンッ)。六年生の時だから「子供部門」とかじゃあなかったのかな。天然パーマで怖い柴田先生はまだ生きてるかな、てなことは一秒の百分の一の瞬時に思い起こし、臭いの記憶の正確さに改めて感銘を受けたものの、なぜラオス機の中に紛れもない墨の臭いが漂ったのか。結局わからずじまい。僕の前には、ラオスの柔道の選手男女10名ほどがいて、騒がしかったが、それには関係ないと思う。書道と同じ「道」でも、柔道は汗臭いだけだものね。

搭乗してすぐにベトナムの文化との違いが見えてくる。地政学からしてタイやミャンマーに近いせいなのだろうか、制服や巻きスカートの縁取りにあしらった民族柄がそっちに近いし、アオザイに漂う色気とはまるで違って宗教的に性を封じたデザインとなっている。同じ社会主義で、ベトナムの弟分になっているラオスは、ベトナム語を操れる人も多いらしいし、ベトナム国内にも少数民族としてラオ族がいる関係。でも、文化はしっかりタイ仏教風で、ベトナムはすっかり俗世間になり果てているのに比較して健全?何をするにも一瞬目を閉じ、両手をきちんと垂直に合わせ合掌してから動く。見ていて気持ちがいい。だから、TAKEOFF直前の例の「安全ベルトや緊急時の酸素吸入器の対応の仕方」の指導を始める際にも一瞬祈ってから、始めていた。なんかうれしい。ほのぼの。本気にお客様のこと考えてくれている風でさ。

で、美しいスチワーデスがいいね。ベトナム航空の様につんつんしていたり、つまんなそうな顔を見せたり、人によっては怒ってるようにしか見えない御仁もいるのと違って、愛想がいい。それも素人っぽいのが泣かせるね。マニュアルで指導されていないのかもしれないね。微笑みの仕方がそれぞれ違うもの。自分で考えて自分で対応しているようだもの。もちろん、それは接客に限ってであって緊急時はマニュアルは必要だろうが。
で、彼女らの制服がね。どこかちぐはぐに見えたので、頭を巡らせた。制服のデザインは民族衣装をアレンジしたもので、襟元は日本の和装スタイルだ。そうだ、そこに違和感が働いたのだ。

日本では男女とも着物を着ている人の右手の側の着物を先に肌に巻き、左手の方を後に体に巻き付ける。いわゆる「右前」だ(右先といった方がわかりやすい)。天国に行った方はその反対ですね。日本ではね。はい、ラオスの着物風な襟元は、「左前」なのでした。だから見ていて何か違うぞと感じたのだ。麗しい彼女らに送られて機内から降りるときにその「死に衣装」で目を静かに閉じて合掌していただいたので、僕はクスッと微笑を彼女に送った。

ベトナムでも韓国の勢いは止まらない。サムソンなどは、若者の間ではソニー以上の扱いさ。「サムソンはかっこ良い」時代になったのです。で、ラオスの機内誌を見て驚いた。ビエンチャンと韓国:ソウル間の直行便の就航が近いらしいのだ。まだラオス航空は、上海便も台北便も香港便も、成田便もない現在ですよ。凄い。空港ロビーでの韓国企業の広告は、ハノイの空港でもいろいろ目立つけれど、ラオスでも派手だなあ、というより、韓国の国家的「コリア旋風巻き起こし戦略」は見事に成功しつつあるって事です。僕のホテル「DRose ホテル」(一流らしい)の僕の部屋のデスク上にも地元の韓国語カラー新聞がセットされてあった。

昨日はよる18時半ごろホテルについた。インターネットは全館WIFIだし、下手な日本のホテルより快適。さあ、飯にでも行こうかなとおもったが、テレビっ子の僕は癖でテレビをつけてみてやおらザッピングはじめてまもなく、おかしな映像が見えた。言語ははじめ中国語と思ったが、よく考えればここはラオス、初めて聞く言葉だけれど、ラオ語だろうと思う。よく見ると江口洋介がでている。大沢たかおも、奥田英二までもでている。まか不思議なデザインの時代劇だ。劇中で誰かが「ゴエモン」といった、そうか、ちょっとは注目されたあの映画「GOEMON」かあ。あの紀里谷の映画だ。ゲームの内部に入ってしまった感覚の映画であった。まさに血の海、死体の山さ。で、みてしまって、さあ20時だ、レストランに行こうとおもったら、なんと続けて実写映画「カムイ外伝」がはじまったのだ。否、始まってしまったのだった。それじゃあ、見ざるを得ないでしょう。楽しみにしていたラオスの初めてのディナーに遂に行けなかったということさ。何という、僕へのラオスの歓待だろう。偶然とはいえ、これがラオスか。いいね!
で、まだ、街は一切見ていず。


《ブログご高覧を感謝いたします》
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・2012年 4月 ベトナムで石巻・大川小学校のひまわりの芽がでたよ
・2012年 5月 ベトナム国会のとんでもVAIO
・2012年 5月 猫の流転譚 ハノイ漂着
・2012年 6月 TBS「たけしと安住のニュースキャスター」にVCI登場
・2012年 7月 日本の会計士さんたちが当校に大勢みえた
・2012年 9月 第二期のハノイ貿易大学のプロジェクトが始まった
・2012年10月 経済学者中谷巌先生が当校で学生と交流

これからも、よろしく、ご高覧ください。阿部正行