2012年3月30日金曜日

★ベトナムの青年に進んで欲しい「経済」以外の分野


NHKのBSの番組で、ピーター・バラカンの司会というか進行係のとても良い番組がある。P・バラカンはいわじとしれた音楽評論家だ。昔は主に欧米の新しいロックやポップスの論評などしていたと記憶するが、確か坂本龍一と知り合って、日本で飛躍的な活躍の場を得たんだと思う。彼はいま、放送のキャスターとして、多方面で仕事を掘り起こしている。その中で出色なのはこの彼が日本で活躍する「外人」をレポートする番組だろう。

先ほど見たのはアメリカ人の「杜氏」の物語だ。数人の若い職人を従え、お酒のプロ中のプロとして、「機械で作る物とは、やはり大違いだね。相手は生き物だからね」と丁寧な日本語でカメラに語る氏にP・バラカンが、その先にある彼の思いを聞き出す。いつもながら、いつもながらといっても、3,4回しか見ていないけれど、番組のコンテンツが明晰にあらわれて居るので、見ていない分も大体想像出来る。

2,3ヶ月前には結構有名になっているらしい西洋人「琳派」の絵師を紹介していた。記憶がちょっとあいまいですが、その40才代と思われるその絵師は、確か根津か千駄木あたりに居とアトリエを構えていて、特に大型の仕事、壁板とかお寺さんのふすま絵などの仕事に熱中していた。大型の仕事では、床に置いた制作途中の板に左右に渡り板をまたがせ、その上からほとんど寝そべった状態で、脂汗にまみれたその集中度をカメラは本物の職人絵師の仕事の様として写していた。日本の職人以上の職人風情。棟方志功のようには版画じゃあないので体を揺することないけれど、形相の凄みは共通している。

東京、京都などを中心に主に西洋人の日本文化好き、日本文化の職人が何人ぐらい日本に居住しているのかしら。最近、日本国民となったドナルド・キーン先生を筆頭として、また、良くテレビのバラエティーに出てくるデーブ・スペクターら日本大好き・日本碩学「外人」もふくめて、日本にどっぷりつかった在留の人々って、どのくらいいるんだろうね。間違いを恐れずにいえば、プロ並みという線を引くと1万人位なのだろうか。大げさに言うと、日本の古典のアートや芸能は、異常なほどの日本好きな主に西洋人によって、支えたれていると言って良いんじゃないかと思うほどだよね。

オリエンタリズムにあこがれる。これって、オリエンタルな国にいる僕なんかには全く理解の範囲を超える誘惑的磁力があるんだろうと思う。そういう意味では我がベトナムの青年たちの日本へのあこがれは、言うまでも無く西洋人とは違うだろう。むしろ、小さな身近な、アジアだけれど西洋風な魅力なのだろうか。もちろん言うまでも無く、サブカルに対する関心は強い。マンガ、アニメ、ゲーム、それに関連したコスプレ、コミケ、かわいい、クールJAPAN、ラーメンなどのB級グルメなどかな。

ベトナムだけではなく、開発途上国と言われる国や社会では、どうも「男は理工系」「女は外国語や、文系」と考える傾向があるんじゃあないかなあ。たぶん「BRICs」の国のようなるとそうでもないんだろうけれど、まだ「VISTA」(ベトナム、インドネシア、南アフリカ、トルコ、アルゼンチン:最近南アはBRICSに移動)レベルであると、この志向の傾向がつよいんじゃあないかなあ。推定だけれどね。少なくともベトナムはまさに、その様な傾向が、歴然としている。僕が仕事をしているハノイ有数のハノイ貿易大学(一橋と東外大の合併した様なトップ大学と僕は形容している)では、男女の比較で80%以上女子学生だし、国家大学外国語大、ハノイ大学(外大)も全く同じ比率と聞いている。

理工系大学では、女子学生はいることいるけれど、ホントのポツリポツリで、%にあらわれる数字ではないような程度である。でも、日本とおなじで、その少数の女性たちは成績が優良だけでなく、総じてリーダーとしての能力も携えていて、当校にたまに入学してきたハノイ工科大の女子学生は極めて優秀な人材であった。山形のYCC情報システムさんに入社したANHさんとか、岡山のTAZUMOさんに入社したズン君を追って行き結婚し子供も授かったHOAさんや、静岡の恭和さんに行ったHUEさんらは、電子や数学など学科で最高峰の成績の持ち主だし、「クラスの仕切り」力も抜群で、かなう男の子は誰もいない、そんな立派な人材ばかりでした。

さて、本旨の方に舵を切ろう。
問題は文系にある。理工系はエンジニアをめざすわけで、「男らしさ」と言うだけでなく、途上国の中での、経済的な安定性は抜群だし、その傾向が強いことを否定や揶揄するつもりなど毛頭無い。僕が中高のころ地元の最有力大学の東北大学も理工系、医学系が強い印象で「経済なんかに行く奴は遊びたい怠け者連中さ!!」のような雰囲気があった。まあ、経済が不当な扱いで、僕なりにはちょっと反発はするけれど、田舎仙台の社会の雰囲気はそうであったと思う。
もう一度言う、問題は文系にあり、文系の分野の範囲の狭さにあると僕は言いたいのである。文系と言っても曖昧だし、範囲は広い。並べてみるか。経済、商学、外国語、美術、映画、演劇、音楽、歴史、心理学、文学、社会学、政治、家政、教育学、あとなんだっけなあ・・。おっとと、僕が”専門”の法律。なにせ、僕、早稲田の第一法学部の出身なのであ〜る。最近では早稲田で「公共学」とか出来ているが、今並べたのが大雑把な旧式な区分けだろうけれども、大体網羅したと思う。

前にも少しいらついて書いたことがある。僕の知人の若者たちの多くが経済学か国際経済学なる分野に属している。もちろん正確に調査すれば、他の分野を学んでいる青年も居るだろうけれど、たぶん絶望的に少ないと想像出来る。ベトナムは社会主義国である。社会主義の根幹たる理論はマルクス主義だ。マルクス主義の一番のシェーマは「経済が社会を支える下部構造である」であるのだ。ベトナム社会の中枢を支えている50才代の男性、特に官僚たちは、自分の身近な子弟らに、どのように「人生設計」をアドバイスしているか、詳細は定かでは無いけれど、「男は理系。もし文系に行くなら経済学」と迷い無くサジェスチョンして、それを聞いている17才、18才の高校三年生(VNでは7年生という)は、大抵が親思いの真面目な少年少女で、ほとんど熟考や抵抗することも無く、文系に行く学生は経済系を選択する事が多いのではないだろうか。経済は理数の側面もあるしね。でも、ベトナム国内では、音楽大学も美術大学も伝統在る外国語系もあるので、多様性は一定保たれている。問題は実は日本に来ている文系留学生の分野の事なのだ。

日本に来ている約3000人のベトナム人留学生の半分強は理工系だとしよう(データは調べていないが、VN青年団体VISAの知人たちの話しからの推測)。すると仮の数字だが残りは文系の学生1200人ぐらいとなる。私費で来ている主にHCMC方面から来ている学生は「美容」「アニメ」「マネージメント」など最新の分野に来ている男女も居るとは思う。でも、日本文科省の招きで来ている(留学生の中核となっているいわゆる国費留学生:毎年50名の枠)の中の文系のなかでは、ほぼ全員が「経済」か「国際経済」ではなかろうか。ちょっと「フェルミ推定」以上にざっくり気味だが、指摘しておきたいのだ。学生の選抜の実態はベトナム政府の推薦がほぼ決定らしいので思わず、高級官僚の子弟が選ばれやすい(もちろん、全く違う人ももちろん居るよ。そんなにえげつない選び方ではない)と聞いているが、僕はここで言いたいのは分野についてさ。

これからのベトナム社会を豊かにするための青年たちの留学の分野は「社会の下部構造である経済を専攻している」学生に限る、と言うような前提がないのだろうか。僕はかつて、青年学生の団体VISA(主に国費留学生が多い)のスポンサーでもあったので、全員の前でスピーチしたり、挨拶したりもしていて、彼ら若いベトナム優秀青年らと知人になった人も多い。僕の付き合いの範囲が狭いとも思えないが、文系で経済系以外の留学生と出会ったことがほとんどないんだ(日本語専攻、日本文学専攻は僅かいたような気がするが)。
もちろん、疑っている訳じゃあないけれど、国費留学生の推薦学生の専攻分野で「マンガとアニメ」とか「歌舞伎」「観光学」「日本のマネージメント」「ジャーナリズム」「日本芸術史」「日本の民法」「平和憲法」「日本の政治史」「東アジア史」などの専攻学生は国費留学の選抜段階で「残りにくい」環境に在るのではないのか。ベトナムの民法はODA予算で早稲田の内田勝一先生が中心にとりまとめているので、たぶんベトナム若手の日本の民法研究者も何人か育成されつつあるとは思うけれどもね。

もちろん、経済を学問することは悪いことではない、まさに社会の下部構造をキチンと把握し、次の時代を構想するためには必須だろう。だけれどもどうなんだろう。かつて日本がきらきら輝いて、「坂の上の雲」が紺碧の空の中で美しく映えていた時代に日本にきたアジアの留学生や志士たち、例えばベトナムのファンボイチャウ、魯迅、孫文、周恩来、インドの中村屋のボースなどは、別に経済を学びに来たわけではない、近代化のための社会総体を学ぶためだし、革命の準備のために日本から学ぶ物も多かったに違いない。今と比べるのは無理があるだろうけれど、というよりアメリカとか、オーストラリア、とかフランス、中国に行っているベトナム留学生も経済系が圧倒的に多いのだろうか。もし、そうならば、外国にせっかく5年も6年も在留しているのに、習得してくる範囲がほんとうに狭くて窮屈だよね。

前にもブログに書いたが、日本語優秀、英語優秀の貿易大学卒業生で、東京で日本語学校に行っていて、今から日本の有力大学に行こうとしている女子学生から大学の専攻と将来の就職の相談があった。個人的には美術が大好きらしい。でも、家族が経済を専攻した方が良いと言っているようで、僕はやや無責任ではあったが、日本の美術史を東京芸大か、早稲田あらりで専攻すべきじゃあないか、と何回か会う度にアドバイスしたが、結局横浜国大の経済に入って、お兄さんが東工大でITを専攻しているので、結局卒論が「ITと経済を絡めたテーマ」で横国を出て、有力家電P社に入った。もちろん、これはこれでハッピーさ。大成功のルートの一つなんだと思う。彼女は優秀だし努力家だ、だけれども、日本のカルチャーやサブカルチャーのベトナム人の研究者は何時生まれるのかしら。毎年経済学者ばっかり作っていてもどうなの?トラン・バン・トー早大教授の様に成功した国際経済学者は良いけれど、・・。

もちろん、僕の知らないところで、ベトナム人の日本文学史を研究している人、歌舞伎や浮世絵の研究者、はたまたサブカルの専門家、「クールJAPAN」の研究者が居るのかも知れない。もしそうであって、この文の撤回を迫られれば、ニコニコ顔で「そうか、それは良かったなあ。もう、そういう時期だよね」と撤回し握手を求めるのはやぶさかじゃあないさ。社会主義ベトナムだから、やっかいなのであるけれども、「ジャーナリズム」の研究者、さらに「市民の眼を持ったジャーナリスト」がそろそろ誕生しても良いんじゃあないかなあ。期待したいね。「杜氏」や「絵師」がすぐに出現するとは思えないけれど、もっと多様で日本社会や日本の深い文化の琴線にふれる分野の若い専門家が出てきて欲しい。それがないうちは、まだまだ本当の交流とは言えない。技術や文化の移転や遷移はまだ本物に到達していず、これからと言うことなのだろう。

*ご参考: 東京のある専門学校に行って話をする機会があって、聞いたらそのマンガクラスの半分は中国人と韓国人の青年たちであった。日本でマンガを学び、母国でデビューする、と彼らは言っていた。
以上。




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