2011年1月31日月曜日

インスタントコーヒー / ハノイの大晦日

■貴志祐介の「新世界より」がもう一つの出来なのである。まだ160ページそこそこなのだ。つまり、まだ、3時間程度しか読んでいない。面白くなる予感がなかなかしてこない本は無慈悲にもだんだん読む機会が減らされるんだぜぃ。1000年後の日本の田舎にある超能力の学校、というか子供たちの話で、日本的、あるいは神道的なレギュレーションに拘束された社会で生活している訳ではあるが「ハリポタ」かあ?と嫌みの一つもいいたくなるシチュエーションだ。文体も特徴無く普通で新聞記者の様に明快だが「艶」が一滴も無い。だから、僕は死ぬまでに750冊しか読めない訳だが、読みながらこれが僕の厳粛な時限付きの読書量のなかの「上中下」3冊分となるのかと考えると、もう外しに掛かりたい気分なのだよ。

3時間本(三時間程度で読了可能な本)であった「電通とリクルート」も終わっている以上(参考になった論旨もあったがモスキート級の軽量通俗本)、ハノイでこの貴志本を途中で廃棄すると(ゴミ箱に捨てるような失礼な事はしないが、後日読まない本用の段ボールに納められる)、持ってきているのが大佛次郎「天皇の世紀」(文春文庫全12巻)の第5巻だけとなり、読書の刺激あるバリエーションが減じられそうで不安。こう書くとまさに僕の読書は脅迫観念的「狂想曲」になりつつあるように思えるでしょう?ふふふのふ。「天皇の世紀 第四巻」の470ページを1月22日に読んでいるようだから、500ページ超の第四巻を終え、第五巻の23ページまでしか進んでないので、これもスピード落ちているね。あ、そうか、この間、仕事以外はビデオ三昧であったことの影響かな。

■■文化の遷移という滔々とした時間の流れの中では、上流の優れた文化やそれを担っている芸術家や文学者、技術者などに対して、下流側からの下流のもつ作法や技術の転移というものはあるのだろうか。文化史の構造としては上から下にの一つの流れに見えるけれど、上流からの文化の伝達者で下流と交差する最先端にいて具体的に労働し、生産している前衛者たちの周辺では上流も下流もなく混在し、移り行く豊穣な時世のなかで止揚され、新たな「知」が生起していく様は、何処の世界史にも在るんじゃあないだろうか。たとえで言うとね、飛鳥時代や奈良時代に遣唐使であった日本一の秀才阿倍仲麻呂さんに、中国で漢学、世界史、政治、科学を教えた当時の中国の「教師」たちに、我らが秀才が与えた影響というのは何であったのだろうかと言うことなんだ。実は僕らが思う以上に多大にあって、深く交差したのではないか。
その基本の下で、我々は漢字や儒教、仏教など日本文化の背骨にあたる知識を中国から学び得てきた。つまり。、一方的に流れてきたと言うわけではないのさ、きっと。生物でも物理の世界でも浸透して行くということは、一方的に流れ進むと言うことでなく「来る方も受ける方も変質しながら、流れやすい環境を作り進行していく」ようだ。日本に馴染みやすく双方共に変質しながら、漢字や儒教は抵抗を減少させながら、移植され新しい知識として芽吹いてきた。つまり遷移だ。


以降1500年以上経た今日、我が日本は、マンガ、アニメ、「かわいい」とか「クールJAPAN」を始め、工業技術から農業技術まで、大きな影響を中国や中国人に与えている訳だがそう考えると、瞬時に情報が世界中に伝播するが、理解し混じり合い生成して新しい物が生まれていくために必要な時間など全く一顧だにされず捨象されていく現在、異なる物との混在だけは無限に量産されてゆく。融合に必要な時間という基盤がまるで空洞のままの文化、否文化と言うより未成熟なままで性急な捏和混練(ねつかこんれん)の空間だけが形成されていく様な気がする。融合し止揚されて行かないと文化と言えないものね。なんと表するのか。

で、嗜好も一つの文化だから、敢えて言いますと最近極めてドラスティックに変化した僕の「文化」があった。ベトナムの影響でさ。笑わないでくださいよ。何十年とコーヒー大好きの末席に居る一人として、1950年代から浸透してきたインスタントコーヒーなど、大人になってこの40年間口にして来たことがなかった。客先で出されても、体よくお断りなどしたものだ。だよねえ、ご同輩!ネッスルだとかあいつらをコーヒーと認めてこなかったもの。それがだよ、それが、何とインスタントコーヒーが好きになってしまったので、御座候(ござそうろう)。

■■ハノイは正月の準備で慌ただしい。本日は実は大晦日、つまり、2月2日だ。まあ、朝からブオンさんは、大忙し。早朝市場での買い出しから始まり、親類縁者の子供たちへのお年玉、親へのお年玉の準備まで、日本と相当に似ているね。日本は親へは贈らないと思うけれど。そうこうするうちにブオンの家からそう遠くない所にあるブオンの実家で宴席が待っていると言うのでタクシーで駆けつけた。そういうところがベトナム式だ。ブオンもさっき聞いたらしい。去年もその前も元旦にやったはずなのに、「いきなりの変更」だ、いつものね(笑い)。ブオンの一家は74,5才の父、62才の母(僕と同じ年齢だぜ)、と四人姉妹なのさ。父は経理畑のかなりのかつて高官で、ベトナム戦争が終結したあと、石油省で会計・経理のトップだったらしいので、黒塗りの乗用車が役所から与えられて居たらしい。もちろん運転手付きで、ブオンら子供たちはTET期間中だけそれに乗ることが出来て有頂天であったことを聞いた。だから、現在の石油の総元締めの国営企業PETRO社グループの元会長や現会長は、仲間であり、部下だったらしい。凄いんだなこの親父。

義母も経理畑の出身だ。従って、長女のディエップも現在、そのペトログループの何処かの経理部の職員だ。彼女はたいした器量よしじゃあないけれど(このブログ読めないからね言いました)、彼女の旦那が格好いいんだ。職場結婚らしい。彼は若いときの宍戸錠というか、それに竹野内豊と本木雅弘あたりをミックスしたナイスガイの40才なのだ。大抵正月にあうので、印象はいつも黒い革ジャンで決めている風情。経理部門の人物とは全く思えない役者顔なのさ。自信から来るのだろうか、だから仕草も落ち着いているし、ちょっと足が不自由な義父などにもきちんと親切に振る舞える力量も持ち合わせている。僕は大好きさ。次女が我がブオンで、かなり気の毒な半生も歩んでいるので、書きたいがここではハノイ貿易大学と国民経済大の二つを出て、会計士だと言うことだけ記して、それ以外はおいおいということにして、三女のザンは、美人だがややエキセントリックで、英語しゃべる水道関係の小役人の旦那をいつも翻弄している。僕にはいつも愛想が良いのが嬉しいやね。四女は30才のほっそりボーイッシュ美人の建築家ホアだ。ドイツに行っている恋人をあきらめ、2年前同僚の年下と結ばれて、すでに子供もいる。ブオンと4年前に出会って、ブオンが一等最初に引き合わせた親族がブオンと仲の良いこの妹のホアだ。

さて、宴会は父方の親戚とかとそれぞれの子供が合計で7,8人入り乱れてのいつもの大騒ぎの進行だ。蒸し鶏、焼き鳥、ブオンの母の絶品のミエン、定番揚げ春巻き、海老揚げ、ハムに近い「牛のゾー」とか、豚肉と脂身とかをミルフィーユ状にゼラチンで固めた「豚ゾー」とか、ソーセージ状のナムチュン、おなじみのバナナの皮でくるんだ餅米おこわというか、ちまきのバインチュン、サラダに、ブンマン麺のタケノコの具だけの汁物とか、お新香関係とか、何があったかなあ、大分忘れたけれど、毎年パターンは正月だから同じだね。先祖へのお供えと同時に日本のおせち(お節の)料理と同じで、保存食的な意味合いもありそうで、葉っぱの包み物も多い。で、今回はいきなり「蛇酒」が出た。日本人の僕を歓迎しての(でも、このTET宴会は今年で三回目かな)サプライズかな、と思った僕は、「こいつは凄い、ガンがん行こう」と日本語ではしゃいで合わせた。ブオンが多分通訳したので、盛り上がったね。と言うことで、日本じゃあ普通の2月2日火曜日のお昼から夕方まで、ビールと安ワインと、ウオッカと、この蛇姫のお酒で、僕もベトナム人さ。

喧噪って、ベトナム人のために生まれた言葉かも知れないね。子供も含んで20人ばかりの自宅での宴会なのに騒音度が普通じゃあないんだ。誰かがうるさいから、大声にならざるを得ないんだろうけれど、結局全員がディスコのフロアの状態で話す、あの自分の声が自分の耳に届かないけれど、負けずに話すあの状態なんだよ。でも、僕は基本的に話せないので、愛嬌と酒の振る舞いで数時間をやり過ごすしかなく、それじゃあその喧噪に打ち勝てないので、がぶ飲みしかないさね。後半には、明日元旦に「絞められ、さばかれる」予定の鶏君が台所から宴席に乱入のおまけもついて、悲壮な鶏の抵抗も明るい正月笑いを呼んで幕となった。このよう宴会が元旦は父親の長男系の家で、これも恒例だし、ブオンの友人たちの自宅やスタッフの自宅のも入れて今週5回はあるらしい。手持ちの常備薬の「大正漢方胃腸薬」がもう切れそうだぜ。

2011年1月29日土曜日

古典映画をハノイのテトで / 僕たちの界隈(2)

■前にも賞賛したことがあるが、300円とか500円で古典映画DVD買える時代はありがたい。先日もハノイに来る直前に見ていないめぼしいモノを買ってみた。小津さんの「戸田家の兄妹」(1941年制作)、「お茶漬けの味」(1952年)、溝口健二監督の「武蔵野夫人」(1951年)、レニ・リーフェンシュタール監督の「意志の勝利」(1934年)、また、D.W.グリフィスの「国民の創世」(1915年)と「イントレランス」(1916年)の二連作、「望郷」(1937年)、「大いなる幻影」(1937年)。ハノイのTET(旧正月)の暇なときに見ようと思ってね。一昨日「戸田家の兄妹」見た。僕らが戦後の大船調として感じている一連の小津安二郎監督の作品、例えば「麦秋」「晩春」「東京物語」「秋刀魚の味」の基礎編と思えばいいかな。小津さんは1930年代、40年代と戦時中だろうと毎年数本の多作を松竹から送り出している。だから、戦前、戦時下の作品と戦後の作品の実は転換期すらなく連綿として、多くの大船調の中核をなす小品を作り出している。

溝口の「武蔵野夫人」は原作が大岡昇平だ。長尺の俯瞰からの移動カメラとか、溝口監督らしい作りっぷりだ。でも映画の芸術性の特有の時代性が、普遍性を減じているのが悔しいね。つまりだ、芸術作品って、どんな時代の風雪にもたえて、永遠に人々に影響を与える射程距離の長い普遍性を持った作品にあたえられる称号だが、映画芸術の持つ特性は時代を映すものであり、時代を超越しようとする芸術性との矛盾を抱えている。当たり前のことなのであるが、映画表現のどこかに時限性が伴走しており、他の芸術分野とは違う側面がある。

ベートーベンの曲もショパンも、オーネットコールマンも、チャーリーパーカーもまさに時代を超えて、今も、ストレートに僕らの心臓に刺激を与えられる普遍性を有している。ピカソやマチス、写楽や広重だって、今でも、まさに僕ら世界中の人々に当時の生のままで影響を与え続けている。文学も翻訳というフィルターを通すハンディーがあるにもかかわらず、世界中の古典文学から、今でも新鮮な普遍的な知的財産をいただいている。でも、僕らはかつて時代を画した芸術作品と言われる映画を鑑賞する際、極めて冷静に時代背景と技術水準を事前に知った上で、その製作の時代を配慮しながら古典として鑑賞せざるを得ない面が強い。映画は20世紀に登場した「複製という新しい表現:媒体」であるいう面と共に、評価の仕方も他の分野と違うのだろう。

「お茶漬けの味」見始めてすぐ、2,3度見たことを思いだしたが、また見た。いいねえ、大船調の絶頂期の作品の一つだ。わがままな妻と口数が少ない中年夫婦の倦怠と仲直りのまあどうでも良いたわいないホームドラマだ。佐分利信、木暮実千代、三宅邦子、鶴田浩二などが、若々しくて良いね。僕大好きさ。

「意志の勝利」。言わずと知れたレニ・リーフェンシュタールの傑作の一つだ。20年ぐらい前だろうか、池袋の西武美術館での彼女の特集展示に行ってみたことがあった。この映画はドイツナチス党の党大会のドキュメントで、ゲッペルスの指示の下にこの作品ほか一連のナチスの宣伝映画を製作したとして、美貌の女優でかつ天才的ドキュメンタリストになった彼女が第二次大戦後、迫害されたいわく付きの作品である。イタリアでは、ファシストの建築を中心にしたファシズム芸術が当時盛んであり(丹下さんの東京都庁ビルもそれっぽいね)、ナチスも「統一と服従の美しさ」「ギリシャの神々的な金髪と青い目への憧憬」「意志と肉体美」「荘厳さ」をプロパガンダとして大動員した。そのときの先兵がこの映画さ。

こういうのは日本人も昔から好きなんだよね。別に三島由紀夫さんだけでなく、僕らの肉体の一部に今でも、多分住み着いているある意味で自然な情感の一つだ。ナチスや北朝鮮の「美しい」行進を見ていると、人の心は不安定にされる。乱されると言った方が良いかな。ああいうものを排撃しなければいけないとする良識の知性と、でも「やっぱー気持ちいいね」とそれを認めようとするアンビバランツな心。十代後半から二十代前半までベトナム反戦闘争を激烈に体験した僕は、たまにハノイで見るベトナムの兵隊さんのばらつく行進に思わず微笑んでしまう方だねえ。

映画の父と言われるD.W.グリフィス監督の「国民の創生」と「イントレランス」のいわば二部作は超有名だし、特に二つ目は”イントレ”という映画業界の鉄骨台の業界用語も生んだ著名な巨作だ。昨日「国民の創生」を見た。サイレントでモノクロの3時間モノ。内容は南北戦争とクー・クラックス・クラン(あのおどろおどろしいKKKだ)の創生の話だ。リーンカーンの暗殺も英雄視した完全に奴隷解放阻止の南部の立場にたった内容で、人によっては全編見ずに途中で止めて”いろもの”というか際物の非道い作品だと言うだろうね。北軍が勝利し、黒人が南部で権力を持ち始め、白人を圧迫し横暴になってきたので、それを粉砕するために白人の郷土の有志が立ち上がったというストーリーだものね。

アフリカ系(つまり黒人)の登場人物は全員悪人か粗暴のバカどもという今じゃあ、到底出来ない凄さだ。日本人の僕としては初めての体験だし、まずは大いに驚いた。白馬にのったKKKの武装軍団が、白馬童子というか、月光仮面というか、悪いインディアンから助けてくれる騎兵隊よろしく、颯爽と現れて救難してくれると言うお話しが3時間続く。むむむ、だね。でも、何でも自由自在な視点で見る慣れもあるし、また世間の辛苦をがむしゃらに体得してきた僕としては「思想の耐性」が充分さ、こう言う手合いのでも面白く見れる。「ああ、そういう見方もあるんだねえ〜」とね。

■さっき、つまり30日夜、ハノイのスターチャンネルで「アリスinワンダーランド」があるというので、外食もそこそこに引き戻り家族揃ってテレビの前に座った。監督のティム・バートンは、ヤッパー天才だね。「シザーハンド」「バットマンシリーズ」「チャーリーとチョコレート工場」などの実績は現代最高の監督の一人といって良いだろう。実は僕、天井飛び抜け大天才監督のケンラッセルの正統の系譜がティムだと勝手に思っている。だってさ、誰かケンラッセルのあの映画超えた人いる?ミュージカル「トミー」を超えた作品作った人何人いるか〜。僕がいま、こうして言いたいのはさ、その「トミー」に大いに迫ったのがこの「アリス」なのだと言いたくて。本当にプロの仕事だね〜と唸らせてくれる。

興奮冷めないままに言うけれど、ジョニー・デップも良い。アリスの少女女優も最高。ホワイト王国の女王などは、当校のオフィスで仕事をしていて、昨秋NHK「かわいい」にでた美人のPHUONGさんそっくりで嬉しくなるし、奇天烈なキャラたちが、日本人に馴染みやすい身ぐるみ系なのも嬉しいのだ。トトロに出てくる「猫電車」キャラなどを堂々とパクッているのなど、愛嬌だよ。アメリカの人形キャラは「キャベツ人形」以来気持ち悪いのが多いからね。「不思議の国」っていいところだね〜。勧善懲悪がまだ健在だし、良い奴がたくさん出てくるし、悪い方もちゃんと改心してくれる。さあ、みんなで行ってみよう。僕たちの心の底にある懐かしい不思議な国にさ。

そういえば、音声が英語で、スーパーインポーズがベトナム語のこの映画を見ていて僕は映画の理解が全く不自由じゃあなかった。2時間というもの全くそれに気がつかなかったぜ。まったく、脳髄の中では言語を超越した最高の映画体験ができたよ。マルセル・マルタン「映画言語」(みすず書房)のタイトルそのものだ。生意気盛りの20才の頃読んだ印象深い本の一冊さ。映画は、画面から人類言語で語っているって。ともあれ、ブオンもリンも大いに笑い、楽しんだのが何よりで、年の瀬らしく、小さい幸せいただいた。

■僕たちのいるレータンギー界隈には、大小の食堂がある。チャーハンを主なメニューにしている店があり、2年ぐらい前まではでっぷり太ったゴッドマザーがお店を切り盛りしていたが、近年代替わりして、長男とその嫁さんの時代となった。その30才ぐらいの新店主が完全角刈りのヤーサンスタイルで、入れ墨も凛々しい。この若い店主は、どうもそのあたりの人気者のようで、ちょっと前まではチンピラで、結婚したので、母親から調理の修行受け、やっとこさ落ち着いたって口だと思うえる。いろんなTATOOの若いものがしょっちゅう食べに来ては、ビール飲んでたばこすスパスパさせては大声で悪ふざけして出て行く。彼が店頭で中華鍋でXAOっている(炒める)フォーやご飯を炒めている時間もひっきりなしに路上を通る元仲間とおぼしき連中からお声が掛かるんだ。たばこを口にくわえながら、連中に「おおーお前か、景気はどうだ?あの女と上手くやってるか」みたいなことを大声でやりとりしているので、大きな中華鍋に隠し味ならぬ唾と灰が適度にまじるってものさ。

ベトナムのこの手の食堂は日本の八百屋の「現金ザル」同様にくたびれた札でいっぱいの一斗缶や机の引き出しで、金の出し入れをおこうなっている。このお兄さん、母親と身重女房の隙をみて、たまにパパッと引き出しからたばこ代をくすねては、隣近所のインターネットカフェでくすぶってる連中とビールで乾杯。どうも中華鍋での炒めものは重労働だから、そっれ以外は、あとは、腹のでっかい女房にお任せのようだ。でも、牛うどん、鶏うどんなどを女房も奮戦して作っているが、旦那の中華鍋のさばきのチャーハンほどの味は出せていないようだ。

先日紹介した乞食のおっさんのそばでおこわを売ってる中年のおっさんがいる。2年ほど前から始めたと思う。可哀想にはじめはお客がてんで付かなかった。入れ墨した中年男が無粋な顔で無口に店張っても、日本と同じだね、食欲が湧かないのさ、いつもランニングシャツで汗かいてるし、手には健気にビニール製簡易手袋してはいるのだが、清潔感は生まれない。今年になったら何故かカウボーイハットを脂ぎった頭に召して、格好がいい。そして、2年もやるとお客もいつの間にか付くもので、僕も試しに去年秋、頼んでみた。例の良くある「するめ状」の豚肉をほぐしたモノを多めに乗せてくれと頼んでね。すると親父、結構物腰が柔らかく、ほかほかと湯気の出ている釜から、茶碗で掻き上げてすいすい手早く包んでくれた。で、旨かったよ。人は見てくれで、思い込んじゃあいけない典型的な例だが、この親父に売れるためのマーケティングの基礎編教えたくて教えたくて。いま、タイミング見ている(余計なお節介とは承知です)。

この界隈にはテントで覆われただけの市場もある。中は小さないろんな食堂がひしめいている。物販店に負けない数がある。ブンカ(揚げた魚をのっけてくれる丸麺うどん)も旨い店がある。在ると言っても、コンロと「ズンドー」大鍋の周りに簡易のプラスチックテーブルとお風呂によくある安手のプラスチック椅子を並べただけさ。だから、5,6店在るのだが、店の境目がはっきりしない。ブンチャの店もあって、小綺麗なネーチャンが切り盛りしてる。ベトナムの女はブオンもそうだが、30過ぎると怖いモノなしの面構えになる。この女店主も昔は「レディース」で浮き名をながして、神田の生まれよ、と啖呵切っていたような江戸前風情で、ブンチャの豚肉を七輪で焼いて、スープに瓜の薄切りをいれる製造過程から、客あしらいまで、一人でテキパキと回転させている。見ていて快感だ。客を客とは思わず親しげで、ブン麺を盛った皿など、客に命じて彼女から遠い客に手渡させたり、自由自在で八面六臂の活躍ぶりだ。そのうえ、彼女の愛用のジーンズが昔で言うヒップボーンなので、どっかり腰を下ろしている彼女を後ろから眺めるとジーンズがセクシーな大きめヒップに下方に引っ張られて、色とりどりのTバックが毎日拝めてしまうというサービス付きなのさ。美味しいだけじゃあないんだ。嬉しいね。

去年の今頃のブログにも書いたことだが、ベトナムの「師走」は、日本と違って、元旦の3,4日前から、故郷へ民族大移動が起こるので、「年末になるほど」街は閑散としてくる。本年の元旦は2月3日木曜だから、そろそろ、その兆候は出ているよ。オートバイの数がめっきり減ってきた。でも、その分スピード出すから、返って危険度は増してくるんだ。つづく・・

2011年1月23日日曜日

お笑いの山崎邦正がベトナムで・・

■最近ホーチミンに行くときに必ず泊まるのが「KYHOA」ホテルだ。KY(き)は植物とか木(き)の全体を現すらしいし、HOAはお花だ。だから、並べてどう訳すのか解らないけれど一応「木と花」ホテルと命名しておこう。この麗しい名前のホテルは今でも国営らしい。正面玄関最上階に赤旗が翩翻(へんぽん)とはためいている。通訳の女性に言わせると、律儀に国旗を掲揚している所は間違いなく国営か役所だという。僕はベトナムの何十という優良ホテルとか中級ホテルを体験している訳だが、このホテルは40ドルでリーズナブルな料金もありがたいが、前庭が広大でその余裕が特に嬉しい。オープンカフェレストランがその前庭の中に在って、そこが静寂で別世界を演出してくれているようで、僕のお気に入りなのだ。利益をあからさまに追求していない、超無駄な空間が今時「経済合理主義まっしぐらのベトナム」に厳然と在ると言うことが、嬉しくて特筆した訳なのだ。

このKYHOAホテル内で夕食は摂ったことないが、朝食は結婚式場となっている大型レストランでいただくシステムで、僕はいつもそこに朝食券を持って朝6時過ぎいそいそとそこの大げさなテーブルクロスの席に着く。着くといつも「すべり芸」の山崎邦正さんらしきフロアー長が、愛想良く現れ、若い者にテキパキ指示し、若い人を僕の席に向かわせる。とってもシステマチックでプロな動きが心地よい。彼は僕の好きなタレントの一人だ。間違いなくお笑いの吉本の中堅の芸人と言うより、ダウンタウンの「弟分」のヤマザキに間違いないのだが、なぜホーチミンくんだりでフロア長としてバイトしているのかは、定かでない。だから今日、本気で確かめたくて彼に「山崎さんですよね」と僕は意を決して聞いたのだった。彼は決して上品にならない笑顔をニタリと僕に提供して、オンビジネス風に口を開いて「ヴァン」と言ったような「Hai」とつぶやいたような。僕にはそんな風に聞こえた。売れっ子のお笑い芸人が身分を密かにしてこの中堅国営ホテルで、仕事をさせられていた。吉本興業もちょっと非道いんじゃあないかい。山崎邦正をさ、そこまで働かせるのかね。

そういえば兄貴分のダウンタウンの松ちゃんもハノイの結婚式場のモデルのバイトをさせられていたことがあった。ハノイの明治通りのようなもの凄い交通量のTRUNG通りとTON THAT TUNG通りの交差点に大きな結婚式場の巨大な看板が前からあり、その写真モデルとして天才松ちゃんは紛れもなく新郎の役柄で美女とポーズをとってモデルとして澄まして登場していたことがあった。僕はトップ屋として、これはいち早くスポーツ紙に情報提供せにゃいかんとその大看板の前をタクシーで通るたびに「あっカメラをまた忘れて」証拠写真を納めていないが、去年夏頃に写真が変えられ、ぺ・ヨンジュンのようなハンサム系の新郎写真になっている。残念で仕方がない。きちんと証拠写真を撮って、「日付けだけが正しく、記事はそうではない」東スポあたりの友人記者に送っていれば、相当な話題になったのにね。返す返すも残念無念。あんな超売れっ子でまで、ベトナムで仕事させているんだね、吉本ってちょっと凄いですね。

2011年1月15日土曜日

ベトナムのiPad / 工場萌え / 勤王攘夷 / 映画「ウオールストリート」

■先日半年ぶりにホーチミンシティーに行った。新しい学校の設立の用件で行ったのだが、ハノイとホーチミン間の約二時間のベトナム航空の中で、iPadの愛好者が、やたら目立った。特にハノイに戻る際に目立った。僕の席の前後両隣などご近所の席だけで、何と4台が稼働中であった。仕事風情の各2名、恋人とゲーム中が2名というか1台、映画をみているモデル風長身美人が1台の使用。全部ベトナム人だぜ。この幹線の飛行ルートは、この18年間何十回と行き来しているが、7,8年前までは日本人を含む外人の方が圧倒的に多かったわけだが、今はニューヨークとワシントンDCの「シャトル便」のごとく本数も大幅に増加した上、搭乗者の大半はベトナム人となった。この機上のベトナム人の増加データと経済活動の上昇との関係はベトナムの経済活動の重要な側面を推し量るための指数だね、掴(つか)みのね。それにしても、iPadは、人気だね。当校のNGOC部長も去年11月日本に来た時、ご主人へのおみやげに買っていったね。日本では、5万円前後と思うが、ベトナムでは800〜1000ドルのようだ。

■ところで本当は、本日22日。1週間の短い日本滞在を終え、あと二時間で成田に向け出発だ。今度はテトもふくみ、2月9日までのハノイ。テト中にダナンのリゾートに2,3日行く予定。さて、大佛次郎「天皇の世紀」(文春文庫全12巻)が、まだ第四巻の470ページだ、12月25日のブログで320ページであったので、150ページしか進んでいない。理由は幾つかある。実はちょっとうんざりなのだ。と言っても、大佛さんの大著にうんざりと言うことではないんだ。営々と続く攘夷の狂気の沙汰の時代的気分に、と言ったら良いだろうな。水戸から発したこの時代的気分は長州と薩摩という一大勢力を席巻して、京都に勢力を構え、江戸の征夷大将軍に対峙した。日和見な江戸と勤王攘夷の台風に呷られていく京都禁裏(天皇)勢力との図。更に、開国は当然視しながらも、攘夷を鼓舞する「生麦事件」をひきおこした薩摩と、狂信的長州の対立と協調など、現代の僕らからほとんど読み取れない精神構造が時代の暗渠に蠢いているかのごとくだ。それが、第四巻の後半に綿々と綴られているので、「おいおい、攘夷はもういいぜ」て気持ちが僅かだが起きてきたということさ。

その攘夷というモノの時代の気分の本質は何なのだろうか。辟易しながらも整理すると、攘夷という疾風は、外国の排撃というエネルギーより、時代の桎梏となった幕府への倒幕運動である面が強いのではないか。過去のモノになりつつある幕府の日和見と開国派が幾分多い事に端緒があるが、倒幕し勤王、尊皇としてもう一つの旗頭を抱えて次代を乗り切りたいという幻想が、尊皇攘夷という狂気を構成したのではないか。江戸中期まで、刀で人を切ると言うことが久しく無かった成熟した徳川の時代であったのに、桜田門外の変以降、何百人という人々が攘夷の勤王の志士といわれる浪人たちや薩摩と長州の過激派武士により惨殺された。英仏の外国人も含まれている。多くがナチスのユダヤ人狩りを彷彿とさせる不合理な論理の下でだ。禁裏というか京都御所も久しぶりの配下として「武装勢力」を浪人、志士にもとめ、長州や薩摩を引き入れつつ、江戸に対抗しようとした。このうねりを攘夷の運動のエンジンとみるべきなのだろう。で、間違いないことは尊皇攘夷のイデオロギーの大意の下、明治革命は王政復古として成立した。ただし攘夷は臆面もなく一気に180度切り替わり、開国と近代化に向かった。そして尊皇攘夷の薩長の暗殺者たちが、権力を握った。

幾分うんざりと言ったものの、凄いのはもろくも英国海軍に粉砕された長州と比較して、英国海軍の軍艦同士で白兵戦のような接近戦で大砲を撃ち合いまで出来た大国薩摩のパワーは、事情をあまり知らない現代人からすると驚きだ。江戸で勝海舟も海軍の養成所を作り始めていたが、英国やオランダから買い求めた軍艦や大砲、鉄砲を日本の船大工や鉄工鍛冶の職人たちは、見よう見まねで開発をすでにしつつあり、数年で対抗し得る武器を生産していたと言うのだから、そんな開発力というか、工夫の仕方は尋常じゃあなく、明治革命のイントロ部分として、産業社会の萌芽がまさに音を立てて胎動していたことを伺わせる。

で、どんどん読み進められないもう一つの理由は、貴志祐介「新世界より」(講談社文庫全三巻)を並行して読んでいるからかもしれない。こちら古文でも「候文(そうろうぶん)」でもないので、読みやすいというか、1時間もまともに読むと50〜60ページも読み飛ばせる。だから、そのスムーズさにやや快感を感じつつも、でも何か物足りなさも引きづりながら読み進めている。いまなぜ、これか、というと僕は「新世界より」というような「新しい世界」タイトルに弱いのだ。池澤夏樹の「すばらしき新世界」もタイトルで買った様な気がするね。これはなかなか良い物であった。ドボルザークの「新世界」も好きな曲だし(関係ないか・・)、「あたらしい・せかい」という未知で未来なものに惹かれる資質が僕の内部にあるのだろうね。井上ひさし「吉里吉里人」、村上龍「希望の国エクソダス」、武者小路実篤の「新しき村」もだね、J・オーエルの「1984年」もそうだし、スイフト「ガリバー旅行記」、トーマス・モアの「ユートピア」も同じ系譜かもしれないね。考えれば、この系列の著作は少なくない。新しい国作りの魅力って何か在るモノね。かつての新世界はアメリカであった。21世紀の後半の新世界はどこかしら。ネパール、チベット、ブータンあたりか、イスラム諸国か。また、「電通とリクルート」という俗っぽいのも並行して読み始めた。腰巻きに「欲望はいかに作られたのか」とある。リクルートで3,4年仕事をし、その後電通の下請的仕事も随分こなしてきた。多分、その欲望の一つや二つに僕も加担してきたので、見つめ直す意味で、衝動買いした。リクルート事件は電通が火をつけ拡大させたものだと当時まことしやかに語られていたものだが、さて・・。

■先日、BSで「工場萌え」のドキュメントをやっていた。なかなか興味深いね。重工業地帯のパイプとタンク、そして煙突と火柱など一大ページェントだ。夜見るだけじゃあなく、昼でもなにやら時代の血脈と内蔵を曝している工場たち。不気味ほど美しいね。20年前にパリのポンピドーセンターに行った時を思い起こせる。ポンピドーを建築したレンゾ・ピアノとリチャード・ロジャースの発想も実は「工場萌え」だろう。甚く感動した僕は、当時の部下の女性2名が英国に行く際に、ロジャースのオフィスに行かせた記憶があるね。ともかく、会ってこいよ、とね。レンゾ・ピアノは関西空港の設計でも有名だ。驚くのは工場の見学ツアーだ。女性が多く、その見学への凝りようは並大抵じゃあないよ。多分、大友克洋の描く崩壊する世界にもこの工場という複雑で究極の美が、絶えず描かれているようにも思える、さてどうだろうか。

■本日、ホーチミンへ行く機上で「ウオールストリート」を見た。まあ面白かったね。社会派オリバー・ストーン監督らしいプロの作品だ。先日僕が貶した「ノルウェイの森」などは、これと比較すると素人作品に見えて来る。ハリウッドのプロは腕力があるのだ。ただ、厳密に言うと、ハリウッドのプロの計算され尽くしたシノプシスと演出を遺憾なく発揮していたということであって、良質な作品とは言い難い。これは、20年ほど前の同監督で同じ配役(マイケル・ダグラス主演)の「ウオール街」の続編だ。インサイダー取引で7〜8年刑務所に入っていたマイケル・ダグラス扮するヘッジファンドの雄ゲッコーが、人生を見つめて「金だけでない世界」に入りつつも、娘との関係修復が上手く行かず、また、リーマンショックの世界的混乱に乗じて天才的手腕を発揮し、娘の恋人すらたぶらかし、一気に戦線復帰する、という話だ。

かつての自分を裏切った精悍な部下チャリー・シーンが太っちゃって年もくって、友情出演風に1分間ほど変わらぬ業界であぶくな銭と戯れているシーンもあって笑わせる。しいて言えば父親と絶交している娘の恋人がやり手の証券マンであるとか、設定にちょっとなああ、という不整合も無いではない。映画ってラストシーンから、ストーリーや、シナリオが出来る場合もおおい訳ですが、この映画は、オリバーストーンがどう終わらせて良いか、決断が出せなかったようにも見える。畢竟、ゲッコーが最後に儲けた100億円で、娘とその青年とゲッコーという新家族が幸せに暮らしたとさ、でエンディング。字幕のバックの幸せ風景が嘘っぱちに見えるよな〜。エンディングで、映画の緻密さが急激にトーンダウンしている。オリバー・ストーンも老人呆けかい。ラジカル左翼の断固とした掘り下げが今回、特にラストで薄められている印象。マイケルダグラスは、ガンを抱えて撮影をしていたようだ。エンディングの不整合が、その影響であるのか無いのかは、僕には解らない。