2009年9月13日日曜日

水虫には歯磨き「つぶ塩」が良い

■ 今年、3年振りかな。水虫だ。かなり、かゆい。親父の時代から我が家はなんでも「ヨードチンキ」だ。子供時代、仙台のガキ友達はみんな「赤チン」派で、僕は孤立ぎみであったが、インテリ親父の台詞をそのまま使用「赤チンは周りだけの消毒だ。ヨーチンは、内部まで消毒するんだ」どうだあ、みたいなことをあちこちの怪我の現場で奮戦して喧伝していた。昔の子供は傷だらけだったからね。みんなの傷口は赤く、僕だけ茶黄色。堂々55年以上ヨーチン派だ。現に家に1本、ハノイのオフィスに1本。切れたことがない。

妻晃子(てるこ)は、自然派だった。だから、彼女のアドバイスに従って、水虫予防には桑の葉が効くという思し召しを頂くと僕は実行したものだった。1990年代の夏は大抵靴の下敷きよろしく桑の葉を靴の中に1、2枚敷いていた。中高生ぐらいの娘や息子は靴にハッパを入れて歩く父をどう見ていたか解らないが、不思議な父母だったかも知れません。地下鉄で一回、このハッパを靴にしいている秘密が公然とばれたことがあった。当時イタリアの靴(生活ちょっと豊か)愛用で、浅いタイプのモノで、一瞬何かにこけて、脱げた。勢いで靴が50センチほどずりずりっと、前に行ってしまった。見るとイタリア靴のなかに、ちょっと立派な形の桑のハッパが2枚堂々顔を出していた。立っていた人が少ない環境であったので、この僕の「ハッパを敷いている男」という秘密を知った人は、5,6人じゃあくだるまい。一瞬熱湯の様な熱いモノが顔前を通り過ぎたが、そこは激しい闘争をくぐり抜けてきた私です、悠揚迫らぬ足つきで、何もなかったようにケンケンして、イタリア靴に左足を納めたのでした。

さて、治療です。ヨーチン派の弱点は水虫を治せないことだ。万能薬として、何でも使ってきていますが、水虫には、どうも分野が違うというか、水虫族に相手にされていない様なのだ。
3年振りに水虫におかされてしまって、ヨーチンをまあおなぐさみにつけたり、2年前の皮膚科にもらった良く分からないチューブ入り軟膏を漬けたりしても、もちろん効くわけがない。そうするうちにベトナムに来ちゃったので、さあこまった。VUONGに言ってベトナム製か、中国製の水虫クスリを買ってもらうか。効きそうもないし、水虫はいい歳してもちょっと言いにくい。そのとき気がついたのは、愛用の花王の練り歯磨き「つぶ塩」だ。

塩は、勘で効きそう風だし、これも以前だが、「ナス焼き塩」の歯磨き粉を使っていた時代(歯磨きすると口の周りが真っ黒になる)にそれを水虫退治に応用したことがあった。結構善戦したのだった。完治したかどうか記憶がないが、「塩は使える」という確信はそのとき持ったような記憶あり。思い立って、すぐ実行。17日から毎日、2回ぐらいすり込んで、ちょっとたっぷりめにね。3日間、水虫軍の騒ぎは収まっていた。治まったが、4日目に反撃があり、また、たっぷりめにすり込んで、今日に至った。勝利は近い感じもするが、水虫は、ご存じのように完全ジェノサイドと季節が終わらないと、終息しないものだから、まだ、皆さんに報告はできません。
( *水虫と戦闘中の御仁は相変わらず多いようで、この項のページビューはかなり多い。だから、申し訳ないので結論を言っときます。付けた緒戦の3〜4日は、完治かなと思うほど、効き目有り。しかし、何度か挑戦したが、これだけでは完治はしないようだ。でも、かなりの所までいけるよ。初冬まで軽いデッドヒート。そのうち「水虫専門薬」などミサイル軽く投入してその年の争乱は鎮静する。でも、昨日あたり、左足の中指と薬指の桶狭間古戦場が、半年ぶりにカユ〜。2011/3/24)


■ まあ、驚きですね。6月の後半から、今日まで、大体2ヶ月半ぶりにベトナムに来たのです。今日。この5年で、こんなに来ないことは、初めてだ。つまり、それくらい日本で僕が「営業」に専念せざるを得ない事情があったということでしょう。9月5日に息子の結婚式が上高地の澄んだ空気の中で行われ、というか、そういう前から動かない日程も他にもいくつかあり、タイミングも上手く取れなかったこともあるにはあったんですがね・・。この夏ほど忙しくかつ、疲れた夏は今までないでしょう。8/31の61歳の誕生日もはじめてかなあ、一人で東京で過ごした。

・・ここから22日記述。
この明るくは決してない現在の心境の時にまたしても最悪に暗くて貧乏な物語に、また手を染めてしまった。ハノイで、14日から読み始めた。カラマーゾフの兄弟全5巻に続いて選んだ長編は「罪と罰 全3巻」であった。昔から、僕は何となくソ連とかロシアが好きでなく、でもそれも全く根拠のない嫌悪であるので、理性派の僕としては、なるべく排外主義にならないように公平にと自身の内部では扱ってきたものの、老人化してくると、なんだか率直になり、わがままとはちと違うが理性や思想を超えて好き嫌いが頭を出してくるようになってきた。で、そんなことより、凄いよ「罪と罰」。流石のドストエフスキー。

どビンボー元学生ラスコリニコフのサスペンスが連続する。先にネタばらしする刑事コロンボ形式の元祖ですね。それが、暗くどんよりとしたペテルスブルグにじわじわっと展開する。罪と罰を選んだのは、ただただ「亀山郁夫」さんの翻訳文をもう一回「カラマーゾフ」に引き続いて読みたかったことに尽きる。天衣無縫な表現は、ある意味原作者を超えるかも。が、翻訳者が書き下ろした小説で良い物は無いので、そこは要注意だ。現在390ページ。アジアビジネスの本や池田晶子さんの「14歳からの哲学」の読み直しと並行している割には、読み方が早い。サスペンスの力は強いね。



《ブログご高覧感謝》
僕のブログの中でアクセスとページビューが多いタイトルと日付け、紹介致します。
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・2008年9月  水虫には歯磨き「つぶ塩」が効く?!
・2008年11月 赤塚不二夫先生のこと
・2009年1月 「ジャクリーヌ・ササールとかBB(べべ)とか」
・2009年5月 ゲバラの映画「モーターサイクルダイヤリーズ」
・     5月 カムイと名著「ベストアンドブライテスト」
・2009年10月「救うのは太陽だと思う」
・2009年12月「爆笑問題の失笑問題」・・・・・1日で1440のPV
・2010年1月 阿倍仲麻呂はハノイの知事である。
・2010年2月 MAC・MAC /  立松和平さんの死。
・2010年3月 「サンデープロジェクトの打ち切り秘話」
・2010年12月 映画「ノルウエーの森」の失態
・2011年1月 「お笑いの山崎邦正のベトナムアルバイト」
・2011年3月 メイドインジャパンから「Made by JAPANESE」の時代認識へ
3月 「大震災をベトナム人は語る」
・2011年4月 映画「東京物語・荒野の7人・シンドラーのリストほか」
・2011年5月 復興構想に必要な「人口8000万人時代の国づくり」発想
・2011年5月 梅原猛先生が「文明災」について語った。
・2011年6月 消滅している東北弁
・2011年7月 なぎさホテルという哀愁
・2011年7月 辺見庸氏が3・11とその後にある本質を語った。
・2011年10月 石巻の大川小学校に行った
・2011年11月 石巻・大川小学校のひまわりのお母さんたち
・2011年12月 ハノイ貿易大学日本プロジェクトの学生たちのブログができたよ。
・2012年1月 成田空港のバリアフリーと幸せ伝える人

これからも、よろしく、ご高覧ください。阿部正行


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