2009年1月25日日曜日

一月のあれれ、これれ

1 このブログにも書いた「K−20 怪人二十面相伝」を見るつもりだが、見ていない。
2 ゲバラの映画「チェ 28才の革命」も見ていない。
3 ハノイに行って、教職員と最近の情勢分析したり、新しい展開を議論したいのだが、今年まだ行けていない。 会議はもっぱらskypeだけだ。skype活用してますか?中年諸君!
4 だから、ベトナムの家族にも会っていない。
5 難関「カラマーゾフの兄弟」は遂に「3巻」の30Pまで来た。途中あれやこれや読んで脇道逸れてる割には進んでいる・・かな。
6 オバマへの壮大な構想への期待と、イスラエル支持のままのオバマへの幻滅。
7 いくつか心ある企業のtopの方々の言葉に感銘することが最近とみに多い。凄い方々は本当に存在しますね。

8 現況の当校のVROPS、更に留学システム、また5年後の中高一貫校の創設。僕らの夢は本年少しずつ歩みだす。 
9 オバマの就任演説にほとんど感銘を受けなかった。冷静な自分が不思議なほどだ。
10 息子26才が今年結婚すると言う。う〜むむむむ。凄い。
11 娘31才は女性出版社で変わらず猛烈らしい。
12 去年の12月20日、家内が天上に旅だって6年目に入った。過ぎ去る時間の何と速いことか・・・。
13 何故か・・・家族のこと書いてしまった。
14 このブログ、中年の読者が多いようだ。

15 明日26日が、元旦だ。ベトナムの旧正月「テト:Tet」がはじまる。正月明けは通常2月4日らしい。当校は2日から授業。 僕が子供のころ、旧正月は故郷仙台ではきちんと祭られていた。
16 新しいベトナムの家族と、テトなのに会えていない。去年は一緒に旧正月を楽しんだのに。今年は忙しすぎる。
17 さあ、僕らも財務的に縮小出来るところは徹底的に削ろう。
18 最近、ちと酒量が増えたかもしれぬ。
19 この半年、眠り方を忘れたようだ。何処でも眠れた僕なのに・・。
20 この間の当校教員スタッフの誠実な対応と頑張りにはあらためて頭が下がる。

21 12月始めに「Tバックランチ」という、ランチタイムにハノイのレストランで秀麗で豊かなTバックを運良く拝んでしもうた貴重な体験を書いていたが、偶然に元Tバックの女王飯島愛が亡くなったので、中断したまま。再開の目処立たず。
22 12月初頭に亡くなられた本物のインテリゲンチャーである批評家の加藤周一さんのことを何か書こう書こうと考えてきたが、未だ筆持てず。
23 早稲田界隈にまだ、春は来ていない。が、2月になると当オフィス前の早大通りの並木道に可憐な梅が咲く。
24 さっき、ベトナムの教員スタッフ、関係者、家族にメールでテトの年賀状を送付した。日本人教員は皆さんの大半は、ベトナム国内旅行に行ったようだ。ゆっくり楽しんで欲しい。
25 朝青龍が久しぶりに優勝した。下馬評を見事に覆した。面白かったね。でも今場所、怪しい取り組みも結構あった。ガチンコじゃあない勝負があったと思う。言うまでも無く大相撲はひとつの会社であって、関取は社員だ。部屋が違っていてもしょっちゅう一緒に食事したり、遊んだりしてる。その上、上下の関係の厳しさはご承知のとおりだ。

つまり土俵上には「威圧」「遠慮」「配慮」「友情」「付き合い」とかは当然、昔からあるだろう。その塩梅ある勝負は微妙すぎて八百長とは誰も言えない。協会もそのあたりを神事と逃げている。八百長は金銭の授受があって、はじめて成立するわけだしね。正直、ガチンコという相撲用語がある以上、そうではない勝負もあるということだ。あうんの神事。それも相撲なのだと思うしかない。

2009年1月21日水曜日

オバマの才気

オバマの就任式を見た。で、いきなり似た風景を思い出した。多分16年前だと思う。クリントンの大統領就任式をやはり今頃、寒い朝布団の中で見た。僕が確か44歳でクリントンは45歳であった。何か新しい時代が始まる予感がして、ものすごく感動したことを覚えている。僕らの世代の時代が来たんだ。「ベトナム反戦世代」が大統領になる時代なのだと、しみじみ思った。

ついでにケネディ。あまのじゃくな僕は昔からケネディー一家にほとんど興味が湧かない。でも、なるほどと思うのは新教の国アメリカにおいて、アイルランド系かつカトリックという少数ながら大統領になったというカリスマ性だ。彼の親父はギャングとの怪しい関係が在ったわけだし、金持ちの女好きのボンボンに過ぎなかった彼が、悲劇に見舞われた事で偉大さが紡がれ、伝説となった。キューバ危機でさえ、ソ連のフルスチョフが国内事情で撤退したということであって、それ以上でもそれ以下でもないだろう。
あえて言えば、彼の唯一の功績はスピーチライターが書いた「あなたが国に何を求めるかでなく、あなたが国に何ができるか・・」というフレーズが世界中の記録フィルムにその残滓を残しただけだろうと思う。でも、司法長官であった弟のロバートはまだ、青年将校的な純粋さがあった。オリバー・ストーン監督の映画「J・F・K」ではこの二人とキング牧師の暗殺をアメリカ南部の軍事クーデターであると分析していたことを思い出す。あのマイケル・ムーア監督じゃあなくとも、いつも起きる学校での銃撃含め、完成された「民主国家」とはほど遠い、と毒突きたくなるね。オバマの暗殺も充分にありえるのが、まさにアメリカだ。

さて、オバマです。彼は一種の天才なのだろう。彼は自分のイデオロギー(階層や階級、民族が醸成する限定的な思想)を振り回さず、「夢をもった実務家」として立ち現れた。危機に現れるカリスマの一種なのであろう。ワイマール時代に弱体化したドイツの危機に登場したのがあのヒットラーである。オバマを同列に扱う気はさらさら無いが、彼も危機にしか現れない典型的ヒーローなのだろう。彼のその天分は、就任演説できわめてはっきり現れた。選挙運動期間はアジテーターであったのにも係わらず、世界の誰もが聞き入る就任演説では、”国民へのリアルな実務的問いかけ”にすらりと変えた。現実の困難を明示し、安易な期待を拒絶し、国民一人一人の責任を問い、一緒に歩む「旅:ジャーニー」にいざなった。一見地味になったが見事と言うほか無い。 このしなやかさが、彼一流の才気だろう。

オバマは戦争よりもっともっと困難な世界の経済の破綻の再構築の責務を負っている。世界の経済の、それも単なる回復じゃあないぜ、次の時代の世界構想の提出を期待されているんだ。新しい次世代の「資本主義」を打ち出さなくてはならない。グリーン・ニューディールはそれの第一弾だ。それは、既存の資本主義のカテゴリーを越えるシステムかも知れないのである。そのくらい、通常のシステムを軽々と越える思想と戦略でなくてはならないのだ。しかも同時にビッグスリー(GMなど3社)の支援、つまり、いままでぼんやりしてきた彼らの環境技術の開発強化を含む「普通の経済回復」もやらなくちゃあならないから大変なのだ。両構えですね。

このビッグ3の救援隊は本来トヨタとか、パナソニック(三洋電機)、ホンダあたりが、一番いい。日米関係に良好だけでなく、日本の車メーカーにとって大チャンスだ。言うまでも無く日本は省エネ技術と環境技術、電池技術は圧倒的に世界一だ。電気カー、水素カー、燃料電池カーの技術をアメリカに売るべきだ。また、環境技術における世界基準を日本が一気に獲得できるいい機会といえる。世界のトヨタの社会貢献パワーを見せてほしいものだ。麻生さんが、オバマにきちんと売り込めばいいのだが、今日21日、彼は「アメリカと日本はお互いに、世界1位、2位だし、(オバマ大統領の)考え方も私と似ているようので、一緒にやれそうだ・・」みたいな信じがたい事いってる。今後日本には内需の活性化というものはありえない。不遜な言い方すれば中国も含めた市場が内需になったのだ。いまや、日本人はこれといってほしい「物」はすでにない、物欲はすでに減退しています。少しはわかってほしい、政治家諸君!

2009年1月19日月曜日

ジャクリーヌ・ササールとかBB(べべ)とか

ジョージ・クルーにーは、かっこいいね。どうして僕は、彼として生まれなかったのだろう・・と悔やんじゃう。車から降りてきて、飲み終わったコーヒーの紙コップをポイッとすてるだけで絵になってる。ただそれだけで、売れなくなった車の宣伝を一手に引き受けてるのだからすごい、というか大変だ。まあ、社会派のクルーニーを使うのはホンダらしい。で、好きな女優を並べてみよう、一番最初はジャクリーヌ・ササールだ。クリスチーヌ・カウフマン、ミリー・パーキンス、ロッサナ・ポデスタ、ブリジット・バルドー(BB)、クラウディア・カルデナール(CC)、ソフィア・ローレン、ジーン・セバーグ、キム・ノバック、マリー・ラフォーレ・・このあたりは高校時代だ。大学になって、誰を一押しにしたっけなあ・・・。そうそう、憂いに満ちたモニカ・ビッティだ。アンナ・カリーナ、ダイアン・キートンとか、おば様だが、ジャンヌ・モローも大好きだった。本当の大人のセクシーさがたまらなかったね。でも、ヴァネッサ・レッドグレイブを忘れちゃあいけないね。「裸足のダンカン」「ジュリア」のね。知的美人の本物という感じでした。

高校のころ仙台二高の映画愛好会にいた。僕も会長をしていたが、僕の前の会長はやはり早稲田に行って、漫画家と映画監督になった石井隆さんだった。そのころは、まだまだガキであったようで「映画の友」や「スクリーン」の美しい写真を切り抜いては、自分の写真集を作っていたりしていた。15才〜16の青春でちょっと恥ずかし。早稲田の映画サークルで「映画評論」「映画芸術」「カイエデシネマ」「シナリオ」などの雑誌を貪る前の時期だ。東京に来てからの映画との伴走青春のあたりは、じっくり近々の日曜にでも、きちんと改めてまとめて整理したい衝動です。フェリーニや、ゴダールなどの監督編も書きたいものだ。ベトナムに関係なくすみません。今日はとりあえず、女優の名前だけ並べてみました。女優って一文字一文字名前をしたためるだけで、嬉しくなる。鮮烈な存在感が一瞬蘇るね。ほのかな薫りもスッと僕らの夢の中を通り過ぎる。


NHK「ようこそ先輩」は、有名人が自分の小学校の母校で2,3日授業をする番組だ。新藤兼人監督が嘘について6年生に授業をしていた。96歳とは思えない柔軟な発想で子供たちに真剣に対峙していた。「嘘の告白」をみんなで話し、新藤さんは「僕は嘘をつきすぎて疲れた」と言った。確かに映画は嘘と錯覚を利用して作成するものであるので、確かにそれはそうだ。また、音羽信子との不倫もそれ(嘘:苦しかった)だとナレーションが語っていた。車椅子で体は不自由そうだが、頭脳は完全に鮮明だ。凄い。
 (*2012年5月29日亡くなられた。映画の末席にした者として心より合掌いたします)

1月27日記・・いやはや大切な美女たちを忘れていました。カトリーヌ・ドヌーブとフランソワーズ・ドルレアック姉妹です。姉ドルレアックが交通事故で亡くなって、もう40年ぐらい経つのだろうか。姉妹が主演の「ロッシュフォールの恋人たち」とか、ドヌーブの名作「シェルブールの雨傘」。涙こぼれるほど、懐かしいですね。

■《ブログご高覧感謝》
ついでに僕の人気・ページビュー多いタイトルと日付け、紹介しておきます。
以下は、毎日100人以上の”人気”ページです。ぜひ、ご高覧ください。
多いのは一日1400名閲覧もあります。

・2008年11月 赤塚不二夫先生のこと
・2009年1月 「ジャクリーヌ・ササールとかBB(べべ)とか」
・2009年5月 ゲバラの映画「モーターサイクルダイヤリーズ」
・     5月 カムイと名著「ベストアンドブライテスト」
・2009年10月「救うのは太陽だと思う」
・2009年12月「爆笑問題の失笑問題」・・・・・1日で1440のPV
・2010年1月 阿倍仲麻呂はハノイの知事である。
・2010年2月 MAC・MAC / 立松和平さんの死。
・2010年3月 「サンデープロジェクトの打ち切り秘話」
・2010年12月 映画「ノルウエーの森」の失態
・2011年1月 「お笑いの山崎邦正のベトナムアルバイト」
・2011年3月 メイドインジャパンから「Made by JAPANESE」の時代認識へ
3月 「大震災をベトナム人は語る」
・2011年4月 映画「東京物語・荒野の7人・シンドラーのリストほか」
・2011年5月 復興構想に必要な「人口8000万人時代の国づくり」発想
これからも、よろしく、ご高覧ください。阿部正行

ハノイ日本アカデミー
NPO法人VCI人材戦略研究所
代表理事 阿部 正行
abevci@vietnam-waseda.org
http://www.vietnam-waseda.org (JPN)
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118E Le Thanh Nghi,HaiBaTrung,Hanoi
Tel: +84-4-3623-0630
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Mobile 090-7490-720  (VN)
Mobile 090-1767-7063 (JPN)
阿部正行のブログ http://vciat.blogspot.com/

2009年1月17日土曜日

14年前と40年前のテレビ画像

実は、ここから、久しぶりに書き出した。今日1月17日である。阪神大震災から14年たったようだ。思い出す。14年前の朝、いつものように僕は5時半過ぎごろに目が覚め、枕元の小型テレビを付けた。奥の深い所にある記憶では、脳裏にモノクロ色で張り付いている。低空で幾つかのヘリコプターがパタパタと音を発して、グレー色に染まった市街地を飛び回っている。この僕が見ている画面のカメラもその一つなのだろう。取材者が「ナントカ・・の高速道路がタオレテイルヨウデス」と言葉にならない音声を張り上げた。予想もしない事件を目撃したときの悲鳴に近い。
よく目をこらすと、爆撃の跡の破壊された都市の様な画像のあちらこちらから、火が噴き出し煙も数多く上がっていることに気付く。この戦場は何処なのか。その言葉が体内で完結しないうちに神戸らしいと解った。神戸だ。日本の神戸だ。それが、いまそこに何が起きたのか。この風景はなんなんだ?大地震と気づくまでに30秒は要したと思う。動転したのだ、画像を見てるだけで。急いで寝床を跳ね上げ大声を出しながら、階下のダイニングに急ぐと、既に妻がテレビを凝視つつ、朝餉の用意をしていた。大変なことになったね。神戸だけらしい。数千人が亡くなったんじゃあないかしら・・。その後の記憶は僕に一切無い。

妻や、高校生と中学生であった子供たちと何を話して食事をし、勤めに出たのだろうか。身近な東京大地震とか、東海地震などを想像して、子供たちに何かを言ったのだろうか。悲惨さを憂い、鎮魂の心について、語り合ったのだろうか。おそらく9時過ぎには青山の仕事場で、ニュースとしての神戸の震災を画面を介して遠くから僕は眺めていたのだろうと思う。当事者に成れない想像力。「想像力が人間の特権だ。想像力が革命を生む」などと、ほざいていた自分を恥ずかしく思い出す。”現場に行こう”ともせず、神戸はあくまでニュースであり、バブル崩壊直後の東京の忙しさという怪物の陰に隠れ、大震災すらも、僕はニュースとして消費していたのだ。居ても立ってもいられなくて、たくさんの心ある人たちが現地入りした。作家の田中康夫さんもその中の一人だ。1年後、感銘を受けた僕はユニークな活動をしていた田中さんを招いて、当社主催で「企業の社会貢献活動と神戸」のセミナーを青山で開催した。田中さんとの付き合いの始まりだ。

今朝、NHKで「東大安田講堂落城から40年」とかいうドキュメントを偶然途中から見た。当時の記録フィルムと、10年後(1979年)のドキュメンタリーと現在をモンタージュした「あの人は今」風な番組である。 民放と違って、映像アーカイブの量が膨大なので、資料としてはそれなりに評価出来る番組であった。であるが、当時数100万人を越える大学生や高校生そして市民、一部の若い労働者たちがベトナム戦争反対や、大学の解体をも含む大学闘争に何故闘ったのか、そして何を失ったのか・・など、この番組はまったくそこを深く掘り下げない。掘り下げることに関心が無いようにも見える。

たまたま、同日夜には日比谷公園にできた「派遣村」の記録番組もみた。 困難を越えようとする献身的ボランティアの人々が画面に描かれインタビューに答える。解雇され苦痛の境遇の人々が話す。ただ、これも朝の番組同様に事象や人間に迫る姿勢がない。おそらく、ドキュメンタリーなのではないのだろう。みのもんたの「朝ズバ!」の”ほっておけないシリーズ”みたいなものと思うべきなんだ。ドキュメンタリーでなく、情報番組ということだろう。だから、かの朝の番組の中では、部分的に使用されている「新日本紀行」か何かの東大闘争10年後の映像の方が溌剌としており表現者の意思が画像にくっきり表出されていた。NHKの姿勢の変容は今更言っても仕方ないが、気を吐く演出家の不在はやっぱり情けない。かつてNHKには、矢沢永吉の”キャロル”のドキュメンタリーを作ってNHKを解雇され戦っていた龍村仁さんらもいたんだ。

ところで民放の番組の無残さはなんなんだろうと思う。お笑い芸人(最近はお笑いを書かず”芸人”とだけ言っている。冗談じゃあないよ)がいないと番組ができないのか。最悪だよ最近。”車の時代”といわれるものが終焉したと皆が気づかされたのは去年だが、テレビの時代が終わったと皆が自覚してから、既に10年は経つ。このままだと、「地デジ」になる2年後にはまともなコンテンツほとん期待できない。おそらく、副次的であるはずのパソコン的使い方だけが主軸になり、いままでのメディアとしての「テレビ」的テレビは60年の幕を下ろすことになるだろう。すでに民放ではテレ朝「タモリクラブ」以外見るものないでしょう・・?

いま、NHKの深夜アメリカ連ドラの「アグリーベティー」を見ながらこれを書いている。毎週結構おもろい。実は去年12月にハノイの妻の家でテレビでドラマを見ていたら、それがベトナムが作ったベトナム版「アグリーベティー」だと彼女がいう。確かに良く見ているとシチュエーションはまったく同じだと気づく。彼女の言だと、これはパクリじゃなくストーリーをアメリカから買ったものらしい。大分昔、ぼくらが子供のころ「名犬ラッシー」「パパ大好き」「シャープさんフラットさん」「奥様は魔女」などのホームドラマまた、一連の西部劇「ララミー牧場」「名犬リンチンチン」「ライフルマン」「ローハイド」また、「サーフサイド6」「ルート66」などのハンサムアクション物などのわくわくするテレビドラマが毎日各局でゴールデン時間帯に湯水のように放映されていた。もちろん白黒だよ。ぼくらは、そのアメリカ文化の洪水の中でアメリカに憧れそして大人になった。

調べると、当時日本のテレビ各局は、これらのハリウッド製テレビ作品をただ同然で譲り受けていたようだ。同じことが毎日ベトナムでもディズニーチャンネルなどが朝から晩までアメリカの豊かな生活と思考を垂れ流している。アメリカの文化イデオロギー施策の巧妙さはこの60年一貫しているのだ。おそらくアジアだけでなく世界中で同様なのだろう。ところで、覇権を目指さない日本も積極的に輸出すべき文化・思想もたくさんあるはずだ。マンガやゲームなどのサブカルだけでなく、たとえば「もったいない」とか「ものづくり」の思想があるね。今こそ大切な時代だと思う。であれば、ODA支援の中身の大転換が至急必要だよね。橋や道路の寄贈だけでは、敬意や理解は得られない。