2011年2月25日金曜日

「松嶋×町山の未公開映画を観る」東京MXテレビ局

■東京でテレビを見る機会が本年一気に減少している。1月、2月合計で、「在日」が10日ぐらいか。大好きなテレビがじっくり見られずホントに寂しい思いをしている。そんな環境でもたまに良い番組との出会いもある。前から、たまに見ていた東京mxテレビ。知らない人に言っておくが、都庁が金だしている「いいかげん」テレビ局で、僕の好みの局の一つさ。昔のテレビ東京もそうであったが、誰も見ていないテレビ局のプロデューサーはやりたいことが意外に可能なのだ。「どうせ、見ていないし(視聴率取れないし・・)、好きなようにやっちまおう」精神が結構遺憾なく発揮される。かつての「テレ東」の遅い時間帯は特に結構良かった。それに代わりつつあるのが、もっとマイナーな東京mxテレビだ。僕が知っているかぎり「マツコ・デラックス」は、ここでデビューしたはずだ。また、借金・浪費の女王の中村うさぎと、バカな男たちをばさばさ切って捨てる女流漫画家の倉田真由美(くらたま)がマツコとか司会の逸見(亡くなった逸見アナウンサーの息子)といい加減なことを言い合う番組とかが主力番組として存在していて、テレビの猥雑な本来のあり方を正統に踏襲しているのだ。言ってみれば、日テレの「11pm」とか、テレ朝の「トゥナイト」のB級的末裔かな。

■■その局の金曜日に「松嶋×町山の未公開映画を観る」という番組が在る。この2〜3年やっているかな。これが良いんですねえ。吉本の二人組女性芸人「オセロ」の小柄なほうの松嶋さんが司会の一人だ。僕は彼女のフアンです。天然バカで、無教養なのですから、破壊力が天下一品。何にも知らず全く遠慮がないので、言論の自由をいつも発揮しています。その彼女がアメリカ在住の映画評論家の町山智浩とおしゃべりしながら、もちろん町山が入手したヘンテコでたのもしい映画を紹介していく番組です。http://www.mikoukai.net/

先週は、「PRODIGALSON」というドキュメンタリー映画が紹介された。ある夫婦に子供が出来ないので、孤児院から養子をもらった。が、もらった矢先に念願の子供を授かってしまった。だから、同じ学年でふたり兄弟が出来てしまい、そのまま成長する。大分下に妹も出来た。もらいっ子は、デブで成績が悪く、いかつい雰囲気。申請上で弟になった実子は、ハンサムで成績が良く、高校時代のアメフットのキャプテンでモテモテの人物に成長した。で、実は映画は、ここから始まる。車に乗った二人の美女。ナレーションで、ハンサムな実子が女性転換をしていて、恋人の女性と性転換後初めて、実家に帰る道々だと言うことが解る。それも帰る切っ掛けは高校の同窓会に出席するからだという。凄いね。もちろん、同窓会だから、この実子の元のガールフレンド、クラスメイト、恩師とも会うことになるだろうし、「彼女」が特に気が重いのは、高校時代劣等感でがんじがらめになっていたもらいっ子の長男とも、この同窓会で女性となって初めて会うことになるからだ。

で、同窓会に「彼女」は登場する。好奇な視線が突き刺さってくる、駆け寄る昔の友人や元恋人、クラスの親友たちも・・・。性同一性障害は、もうアメリカでは自然なんだね。意外にあっさり受け入れられていく。でも、長男はそうはいかない。話はするものの打ち解けはしない。この映画の主人公は「彼女」で、彼女のナレーションで進行していく。長男はすでに自分はこの家の厄介者であり、実子ではないことを知っていて、少しずつ、自分の生い立ちを模索していたことが、語られる。彼は、少ない情報を頼りに、自分はどこから来たのか、自分とは一体何者なのか。苦悶し、探す旅は続いていた。このあたりから、主人公は自然とこの長男に移り始める。ある切っ掛けで、彼の本当の親と祖父が判明する。彼は、その両親と祖父・祖母の写真を見て驚愕する。写真に写っていたのはオーソンウエルズとスター女優のリタ・ヘイワースであったからであった。この長男は天才オーソンウエルズの孫であったのだ。長男の無骨な顔は、確かに若き日のオーソンウエルズそのものである。まさにドキュメンタリーな作品だ。

でも、どうやって撮影していったか、だ。多分女性になった次男は映画作家だろう。名も無き長男がウエルズの孫であったという事から、映画製作は予算化され制作に入ったはずだ。問題は、素人の総ての登場人物にやらせは不可能だし、あり得ない。結論の「驚き」から、映画製作が開始されたとすると、どうやって撮影したのだろうか。登場する素人たちに演技は期待できない。まさに記録の積み重ねで、話は進行し現場・現場の表情を自然に捉えているからね。不思議な製作過程と言えるなあ。でも天才の孫だ、彼はもう充分な演技派かな?
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・2008年11月 赤塚不二夫先生のこと
・2009年1月 「ジャクリーヌ・ササールとかBB(べべ)とか」
・2009年5月 ゲバラの映画「モーターサイクルダイヤリーズ」
・     5月 カムイと名著「ベストアンドブライテスト」
・2009年10月「救うのは太陽だと思う」
・2009年12月「爆笑問題の失笑問題」・・・・・1日で1440のPV
・2010年1月 阿倍仲麻呂はハノイの知事である。
・2010年2月 MAC・MAC / 立松和平さんの死。
・2010年3月 「サンデープロジェクトの打ち切り秘話」
・2010年12月 映画「ノルウエーの森」の失態
・2011年1月 「お笑いの山崎邦正のベトナムアルバイト」
・2011年3月 メイドインジャパンから「Made by JAPANESE」の時代認識へ
      3月 「大震災をベトナム人は語る」
・2011年4月 映画「東京物語・荒野の7人・シンドラーのリストほか」
これからも、よろしく、ご高覧ください。阿部正行

2011年2月23日水曜日

★ エリン・ブロコビッチのハリウッド的

■日本での自分で作る僕の朝飯です。毎朝5時半前に起きて6時過ぎには、質素だけれど健全なこういう朝飯をきちんと食しています。僕が勝手に”日本のサラダ”と言ってる納豆・豆腐・わかめは大抵献立に入れています。この3点の写真は先週のある三日間の朝飯です。テーブルクロスの柄が大きくちょっと見にくいですね。女房晃子が亡くなって8年、いろいろ考えることが多いが、自分で食事を作る面白さに気づいたのが、何と言っても人生一番の驚きです。晃子は天上でどう思っているのかしら。昔は、食べるだけだったからね。でも、作り方のコツとか作法とかを台所で、彼女にときたま教えてもらったことを思い出す。
■お米はベトナムの餅米ネップ・カイに日本のササニシキの玄米を少し混ぜたもの。ささみ揚げとポテトサラダは、昨晩の残りもの。
■大根豚煮付けは大量に作ってあった。コロッケは昨晩の残り。お米はベトナムのコシヒカリ「バック・フン(訳せば北の香)」です。たまにはアサリのみそ汁で。
■ご飯は最高に旨いバック・フン。旨味は日本の最高級米と同格以上かも。秋刀魚の開き、美味そうでしょう?ゴマは体に良いので、実は何時もあちこちまぶす。

■いま、半藤一利さんの「あの戦争と日本人」(文藝春秋刊)を読んでいる。論旨が明快でさばきも痛快。以前読んだ彼の「昭和史」「昭和史 戦後編」もそうだが講演原稿に手を入れたものだから、取っつきやすい。その上、講演のトークなので、「受け狙い的な」サービスもあって、面白い。彼は、岩波でも、筑摩でも朝日でもなく菊池寛の文藝春秋社といういわば「右」の出版社で編集長になった人だけれど、彼の客観性というか執拗な実証に基づいた記述は立派。個人的な依怙贔屓(えこひき)や毛嫌い感の混在も時としてあるし、官僚と軍人の責任に対する厳しさ不足に左翼上がりの僕としては戸惑う時もあるが、全体的に江戸っ子的であっけらかんとしていて、潔ぎいい。継続して読んでいる大佛次郎「天皇の世紀 第五巻」(文春文庫全12巻)は、ちょとペースが落ちてるかも。この巻まだ50ページだものね。ただ、ややうんざりしていた勤王攘夷の時代から倒幕が明確になってきた時代に移行しつつあり、全く知らなかった歴史にふれている新鮮感がある。面白さはまた隆起してきそうだ。

また、カリフォルニア大学教授で東大の「数物連携宇宙研究機構 IPMU」初代機構長の村山斉の「宇宙は何で出来ているか」(幻冬舎新書)も並行して読んでいる。驚く事に宇宙についての、宇宙物理学に付いての人類の到達している知識は、この数年で大幅に変わったらしい。宇宙空間は何で出来ているのか。ほぼ真空状態などと考える30年前、40年前に高校や大学で物理で習ったことなど、ほとんど捨てて良い知識のようだぜ。何と宇宙の全体の23%は暗黒物質というもので出来ているらしいのだ。更に73%は宇宙が膨張しても「薄くならない」暗黒エネルギーというお化けな「物」で構成されているというのだから解らない。その他の微少な%は星と銀河、さらにニュートリノなんだそうだ。ふむふむ。イメージ化出来ない物が多すぎるけれども、だんだん解ったような気分になれるとことが、何と言っても白眉の本だ。

東京外語大学学長の亀山郁夫さん翻訳のドストエフスキー「悪霊1」(光文社文庫全三巻)がやっと出たので早速購入して末尾の「読書ガイド」だけ我慢できずに読んだ。一昨年、亀山翻訳ドストエフスキー「カラマーゾフの兄弟」(光文社文庫全五巻)と同じく「罪と罰」(全三巻)も読み通したのは、どうしても40年前、つまり20才のころ没頭して読んだ作品を亀山訳で読みたく念じていたからだ。このブログの2008年11月18日にも書いた。当時「カラマーゾフの兄弟」を”塀の内側”にいる間に何とか読みこなそうと考えて、友人に差し入れてもらったが、有名「大審問官」章に届かぬ前の一巻の途中で撃沈させられていたのだ。でも、そのとき、一気に読めたのがこの「悪霊」であったのだ。借りた本であったので、江川卓訳か米川正夫訳か定かではない。けれども空恐ろしいそして美しい青年の人間としての磁力に魅せられた。人間の複雑さを多分初めて教えてくれた本だと思う。読んだ場所が場所だから、より身に染みた。

■■NHKのBSで、先日ジュリア・ロバーツの「エリン・ブロコビッチ」を観た。やっぱり、ハリウッド的映画の最高傑作の中の一つじゃあないかな。劇場で、また、DVDで観ているので3回目のはず。3回見ても、良い物は良い。映画的な面白要素をふんだんに持ってるからだろうね。昔、「少年ジャンプ」誌が、老舗の少年サンデーと少年マガジンを抜いて毎週650万冊販売に到達していた80年代、そのような天晴れなマーケティング的編集は、三つの要素に収斂して作家に書いてもらっていたと言う。それはね、「友情」と「努力」と「勝利」だそうで、言われてみれば身も蓋もなくサラリーマンの感性とおなじだ〜と思うが、当時の名物編集長が述懐した著作に詠ってあった。でもさあ、人はこういう標語に極めて弱い所があるね。多才で俊英な作家たちを奮い立たせて、新境地を開拓させる訳だが、友情、努力、勝利って、実はシンプルに捉えて目的化させられれば、これ以上解りやすいプロパガンダはない。この三要素が日本の80年代のお宅たちも巻き込んで毎週650万部発行という途轍もないハリケーンエネルギーを発生させたのであった。

では、ハリウッド的要素って何だろうか。ちょっと並べてみるか。1:アクション=暴力、2:セックス(セクシー)、3:ヒューマニティー(博愛)、4:愛=恋愛、5:冒険、6:ファンタジー、7:ミステリー、8:ユーモア=笑い、9:恐怖、10:勧善懲悪、11:ゴージャス=華麗、12:美男美女、13:ハッピーエンド、14:社会性=正義、15:母性=家庭、16:男の友情、17:戦争(戦闘)=革命・・あとなんだろうなあ〜。並べてみたが、同列に並べて良い要素なのかも解らない物もあるね。では、ちょっとはまり具合をテストしてみよう。

まず、大御所「007シリーズ」でテスト。やっぱー、「1」と「2」と「10」と「11」と「12」か・・。ハリウッド要素のオールスターだね。最近ので、見てみよう。J・キャメロンの「アバター」はどうかな。「3」「6」「14」と「4」もかな。さて、「エリン・ブロコビッチ」はどうだろうか。何と言っても僕大好きのジュリア・ロバーツの「2」。豊満なおっぱいと、ミニから飛び出た御御足(おみあし)だァ。「8」「14」と「15」。当然だね。「3」のヒューマニティーと「13」のハッピーエンドの扱い難しいね、基本的映画の構成要素といえるからね。まてよ、世界の映画ってハッピーエンドは、どうなのだろうかな。よく考えると意外に多くはないのかも知れない。アメリカ的楽観主義の権化がハリウッド的「ハッピーエンド」だとするとさ、実は「幸福な終わり方」は特殊なのかしら。

ハリウッドは今も昔も、泣かせるポイント、感動で身震いさせるポイントもその要素を何処でどのように組み合わせるか、どの順番で構成するか、シノプシスを書き出す段階で「感動の事業計画」を算出してる。いまでは、コンピュータ管理されているはずだ。観客の心理というだけでなく、皮膚の裏側あたりにある「生理」的な感情をも感動に昇華させるノウハウを確立させている。一種のマネージメントテクノロジーであり、マーケティングだ。もちろん「仕込みの計算」通りには行かないのが映画や演劇だし、頭からこういうことをしない世界の手作り映画人も多い。

ハリウッドの名作というと・・僕の評価で挙げれば「キングコング」「駅馬車」「シェーン」「博士の異常な愛情」「荒野の七人」「荒野の決闘」「市民ケーン」「真昼の決闘」「80日間世界一周」「イージーライダー」「狼たちの午後」「俺たちに明日はない」「真夜中のカーボーイ」「スケアクロウ」「明日に向かって撃て」「パララックスビュー」「カッコーの巣の上で」「逃亡地帯」「バットマン」・・・・あれれ、あとなんだっけなあ。すらすらっと50位は書き出さないとね〜。完全に記憶力失ってるね。映画事典みないと思い出さない・・さて、今から授業だ。土曜日(本日26日)だが特別授業って奴さ。と言うことで半日後、映画事典見ながら、「ハリウッド作品」の(僕の主観的)名画のみリストアップしてみた。順番とか、未整理。

「チャップリンの黄金時代」「ベンハー」「怒りの葡萄」「イブの総て」「エデンの東」「ウエストサイド物語」「ローマの休日」「マッシュ」「卒業」「サウンドオブミュージック」「ロッキー1」「ゴッドファーザー1」「タクシードライバー」「2001年宇宙の旅」「アニーホール」「ボギー、俺も男だ」「7月4日に生まれて」「ブレードランナー」「レッズ」「未知との遭遇」「スターウオーズシリーズ」「「ミシシッピーバーニング」「サルバドル」「ホテルニューハンプシャー」「フィールドオブドリーム」「アマデウス」「プラトーン」「シンドラーのリスト」「ロードオブザリング シリーズ」「ダンスオブウルブス」「JFK」「ザ・プレーヤー」「モーターサイクルダイアリーズ」・・・英米合作とかは、純粋ハリウッドでないので外し、また「ボーリングフォーコロンバイン」などマイケル・ムーアの作品もハリウッドと言えないので外したつもりだけれど、上記50本に、純粋ハリウッドでない作品が一部混在しているかもね。しかし、50本だと穴だらけで、名作の一部だけしか拾えない事もはっきりするね。

で、エリン・ブロコビッチ。上記に重要構成要素を書き出したが、やっぱし、スチーブン・ソダーバーグ監督の思想の御旗が屹立している映画だ。言うまでも無く彼は「セックスと嘘とビデオテープ」「チェ 28才の革命」などの今やアメリカを代表する監督だ。「エレン・・」映画としての完成度が高い名画だと思う。オリバー・ストーン(プラトーンなどベトナム戦争三部作、JFKなど)も、アーサー・ペン(小さな巨人、逃亡地帯、俺たちに明日はない、など)、ロバート・アルトマン(パララックス・ビュー、マッシュ、ザ・プレイヤーなど)、製作やプロデューサーも多いウォーレン・ベイティ(レッズ)もそうだね。明確に己の思想を社会に問うている。ハリウッド的要素は技術の問題だが、その前にアメリカの自浄的チャレンジ精神が発揮されているものも少なくない。

アメリカの病巣を果敢に切開してきた監督やプロデューサーは彼ら以外にもたくさんいる。ハリウッドは国家に楯突く「反戦」や「革命」、そして「大統領の陰謀や暗殺」まで堂々と製作して来た。それを考えると日本の映画会社の「小心ぶり」は本当に非道いなあ。ハリウッドは単に社会派とか言うような陳腐なことでなく、「売れるなら、革命も売る」精神だから嬉しくなる訳よ。娯楽として、プロパガンダとして、記録として、ハリウッドは名画を生産して来た。夢工場だね。「夢工場」は僕の尊敬する東映時代の先輩のやまさき十三が作った言葉だぜ。さてさて、これ書いている内に僕の見た名画1000本とか、まとめる作業も何時かしてみたくなってきた。そういえば、息子だったか娘が大学の頃、お節介であったが「僕のお奨め名画100選」リストを作って見せたことがあった。
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2011年2月21日月曜日

★ 日刊工業新聞の「主張」欄に阿部の『海外広報の出遅れ』という原稿が出ています。

■2月21日の日刊工業新聞の「主張」欄です。新聞画面をクリックしますと、拡大画面になり、読める文字サイズになります。また、この2倍ほどの文字量の原文がこのブログの2009年12月19日「本気に理解を求める」にあります。よろしければ、そちらもご高覧ください。21日当日、経済産業省政策関係幹部の方から、僕の趣旨について好意的な連絡を早速いただきました。阿部

2011年2月12日土曜日

映画「ソーシャルネットワーク」ふむふむ

■写真は2月11日小石川後楽園の「雪と梅の花の絵図」。毎年恒例で、今年も東映の元「東制労」の者中心に関係者が20名ほど集った。

 《映画「ソーシャルネットワーク」は、下方に記述してある。》
■元東映・東制労の面々が、11日恒例の小石川後楽園に集まった。元徳川家の屋敷跡で梅の庭園で有名な旧跡だ。我々の東映東制労の戦いが終わって30年以上経たので、集う人々も完全に老人だね。その徳川庭園の中には「涵徳亭(かんとくてい)」という値段は”足軽レベル”の料亭があって、僕ら以外の5〜6部屋も団塊の世代風な中高年以上の人々が、集まっていた。僕は今熱海に居住している馬場さん(東撮の元監督)と雪舞う梅園の風情を楽しんだ後、入り口付近のその料亭に入って行った訳だが「よ〜っ」と右手の10名ぐらいの老人グループに声をかけられたが、よく見ると僕らのグループじゃあない、呼ぶ方も呼ばれて一歩部屋に入る方も呆けと老眼で見分けが付かない。面子がちょっと違うようなので、おっとっと、と僕は踵(きびす)を返したが、あっちの老人たちも違うことに気づいたようで2,3人が済まなそうな顔色で僕を見送ってくれた。で、僕はその隣のちょっと大きな部屋に行き、ウチの面々を確認して安堵。さあ、映画老人たちの集いが始まる。

恒例で、僕らはこの30年間、年に一回は集まっているのだが(僕は不参加多い)、今日は、ハンガリーの首都ブダペストに2年間日本語教員また、日本映画紹介職員として東映引退後、公的な立場で行ってきた浅附さんの無事戻ってきた慰労会も兼ねていた。彼女は高田馬場のそういった学校で日本語教育を学んでいたときから、彼女の教育に掛ける熱意を知っていたので、もちろんハノイの当校に来ませんか、と誘ったこともあるが、早稲田の先輩でもあり、飛ぶ女である融通無碍な彼女に言下に断られていた。酒を飲みながら彼女の話では、彼女の言としては書かないけれど、大使館やJICAの連中との人間関係に非道く疲弊したようだった。

彼女の様な聡明な女性にズバズバいわれたであろう、そういった小役人連中にも同情しないでもないが、日本語教育のカリキュラムや手法から、日本映画のプログラム(彼女は映画のプロだし、現地の人に見せたい作品は、誰でも思う「黒沢映画」や「寅さん」や「ドラエモン」じゃあないのさ)まで、衝突しそうな課題が山ほどあっただろうと思う。海外での教育現場という意味では僕の環境と似ているから、大半は想像が付くね。彼女に比べると僕は気楽だね。公的なしがらみが全く無いからね。でも、現地の若者はみんな良い奴だし、頑張る青年たちが多いのはベトナム同様であったようなので、そこが救いであったろう。というより、顔と心はそっちの若者たちに向けて彼女らしいGOODな2年間過ごしてきたのだろう、と思う。

僕のブログ内検索で探してくれれば、過去記事がすぐ出てくるはずだが、この東映の東制労って、労働組合であったのだ。1970年、まだ学生運動の残滓がある高度成長期の最終段階の片隅に誕生した「非正規・契約社員」の映画労働者の組合であった。それも、社員化要求をせず、「契約者で有り続ける」という本来の労働者のあり方と労働の質を問うた、今となっては少々わかりにくいが、正社員になって安定の生活を求めるという有り様を根本から否定した13名(助監督9名、スクリプター1名、撮影助手2名、編集1名)で構成された(東映のテレビ番組製作部門の)労働組合であったのだった。

だから、結成後に日共が牛耳る東映社員の労組や映画・演劇労連と直ぐさま対立した。この一風変わったラジカル組合は東映の中では孤立していたわけでは無く、テレビ部門の僕たち同様に撮影所(映画製作)でも、同時に20数名の契約者が決起し、「東契労」と名乗っており、あらゆる活動は彼らと協同で果敢に闘ったのである。撮影所と僕らのいた製作所(テレビ番組)の正社員の演出部(監督や助監督)は、僕ら同様に非日本共産党の思想の持ち主が多く、正社員という立場を超越して、僕らに最後まで支援をし続けてくれた。今でも現役の監督である伊藤俊也さん(「女囚サソリ」「プライド・運命の瞬間」「ロストクライムー閃光」2010年)や、沢井信一郎さん(「野菊の墓」「Wの悲劇」「トラック野郎シリーズ」)たちである。

僕らの製作所(テレビ)の正社員監督は小松範任さん、舘野彰さん、堀長文さん、富田義治さん、杉野清史さんたちで、「キーハンター」「プレイガール」「柔道一直線」「刑事くん」「アイフル大作戦」などの多くは、彼らの作品である。僕が製作所に入所したのは1970年3月で、若輩の21才であった。社員の監督たちは、僕の一回り上であったので皆さん32〜35才であったろう。スタジオには、丹波哲郎さん、野際陽子さん、千葉チャン、谷隼人、川口浩さん、また、お姉こと沢たまき、緑魔子、桑原幸子、大信田礼子さんらもいた。桜木健一さんも、いたっけ。そういう中で、僕は1年間照明部を続けてやっていたが、小松さんと舘野さん、堀さんという、早稲田の三先輩の後押しがあって、71年助監督になり「プレイガール」の現場に付いた。この三氏には特に仕事の仕方を教えていただいた。映画技術だけでなく、「仕事をして生活をすること」の、つまり人生というものを学ぶことができたのだ。観念的な学生運動流でなくね。今でも僕の仕事の流儀はこのとき体得したモノだ、多くはね。本当に僕はラッキーであったのだ。この項つづく・・

■■で、映画「ソーシャルネットワーク」に付いて。映画は期待していってつまらない場合、本当に不幸だが、どうでも良いけれど、「まっ、一応見ておこう」程度で臨んで、まあまあであると、価値が上がるから、感情ってやつは、難しい。基準なんて無いも同然だね。この映画は、僕にとって”映画を見に行ったわけでなく”、Facebookを創設したマーク・ザッカーバーグって、どういう奴かを見に行っただけなのさ。一応、去年からFACEbookの会員だからね(ただ、かなりうるさいというか、面倒、だってさ、友達の友達から連絡がやたら来る仕掛けだから)。映画だから自伝でも、評伝でも、個人史のクロニクルでもないのはもちろん承知の上でのはなしですがね。

2ヶ月ぐらい前にテレビで彼はこう言っていた「本当の僕とちょっと違うし、大げさに事件が起きている」と言っていたが、まったく否定するでもなく、組織の分裂と訴訟の大波小波というものは、大体ああいうモノであったのでは無かろうかと、僕も身に染みておもうので、結構そのあたりに興味を持って見ることが出来た。スピーディーな展開は気持ちいいし、映画的な作法や技術はこの映画に何も求めず、彼の人となりと、人生一杯分のトラブルを数年で味わった体験だけ見たかっただけなので、その意味では気楽に鑑賞できた作品となった。でも、耳の運動神経が良くないと対応しにくいぐらい饒舌な展開だから、老人は要注意。

■「小さなお家」という童話の読み聞かせの主婦グループがかつて小平にあった・・・近々継続・・・

2011年2月11日金曜日

廃道大好き

 タオ先生の「技術者教育」授業の一コマです。

■廃道の探索と出会いが好きな女が多いらしい。今時の「女子会」とは、まるっき対局の女性たちがまだまだ生息しているのがホッとする。解るわかる、いや、良い趣味だねえ。NHKのBSを見ていたら、廃道を探る快感に囚われてしまったある女性(OL、齢30ぐらい)のレポートをやっていた。直ぐさま画面の進行に親近感が湧いた。多分「熱中なんとか」と言う番組だね。彼女は、忙しい仕事の合間をみて、図書館などでじっくり地図を眺める。新しい地図には廃道なんかの記載があるはずないので、彼女は明治時代あたりの古い地図と、最近の地図を見比べながら、今や忘れられている昔の街道や朽ちたり埋まってしまった隧道(トンネル)などを求めて、乙女の胸をワクワクさせて現場に向かう。

でも、愛しい人にはすぐに会いに行かず、まずは村や町の役所に聞き取りに行ったり、古老にインタビューしたりしながら徐々に身体を興奮させ、いよいよ現場というか「彼というか王子様」に向かうという前技たっぷりのやり手のテクなので、僕は見ていて嬉しくなるね。「NHKのカメラが無ければ、2,3時間ここに佇むんだけれど」と盛んにカメラを遠ざけたい意向しばしば。哀惜のエクスタシー楽しむには、テレビカメラは邪魔って物だよね、確かにね無粋だ。

でも、ちょっと驚いたのは、「廃道」の専門誌もあるようだし、と言うことは雑誌の常識で毎号2万冊は売れていないとね。だから、好き者が結構居るということだ。「鉄道廃線」や「廃ビル」、「廃駅」の写真集は僕も見たことがあるし、前にも書いた「工場萌え」の写真集も僕は好きなんだ。インターネット上にもう使われていない「廃WEBサイト」は、いくらも見たことがあるが、廃道や廃線の様な哀愁やかつての栄華を誇った廃ビルの放つ時間の光芒というか、様々な人が存在し生活していた記憶の染みが、オンライン上には無い。だから、彼女の熱中は、WEB上で何でも解決していこうとする若い人へのアンチテーゼの様だね。

思い出に浸ったりするには頬を伝わる風の感覚や草い切れなどの臭いがないと、成立しない。また、遠くからやっと聞こえる町の喧噪音とかね。無数の電子の激流で編まれた無臭で無音のグローバルネット上に、僕らの思いの記憶は残滓すらないだろう、ということか。廃道娘のこだわりに感激。30才ぐらいの息子は山登りとか、ワンゲル好きで夫婦揃ってあちこちよく行ってるようだ。34才の編集者の娘は、写真マニアかな。なにせ、30年前、天才写真家アラーキーにだっこされた貴重な経験あるからね、で、まあ魂は写真道にね。

■さて、演歌というか、歌謡曲が好きになってきたのである。それも民謡系というか、三橋三智也である。つづく・・
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旧正月(TET)写真《2》

 ■1月28日の当校スタッフの忘年会にて
 ■ブオンの家の玄関先のお供え
 ■僕の部屋のお供えの金魚3匹
 ■5階の僕の部屋のお供え。お餅は、僕が洒落で持って行ったもの。
 ■TETの散歩中のブオンとリンの母娘

2011年2月5日土曜日

ハノイの旧正月(テト)写真アラカルト

■本年2011の旧正月(TET テト)の元旦は2月3日でした。本校は1月29日土曜から、2月6日月曜まで、正月休みでした。この一連の写真は、そのころの風物誌のほんの一部の写真です。

 ■上の写真はブオンの家の旧正月のお供え。現金も見えますね。
 ■ブオンの実家のお供え。凄いね。
 ■ブオンの家のお花飾りの一つ
■ブオンの実家の大晦日の宴会のご馳走。サラダや海老の唐揚げとか蒸し鶏などがあるね。
 
 ■バインチュン、ゾー、春巻きなどが見えます。
 ■ベトナムは車座でいただきます。
■大晦日の準備。紙製の金赤や偽紙幣、ドル札などが、この後すぐ燃やされ献納される。