2012年4月27日金曜日

わぁ、VCI卒業生の写真がたくさん集まった!

(人名や会社名などのキャプションがまだ作成中です)
大阪、岡山、広島などを中心として、東京、名古屋、横浜の面々も。
社名とか名前は、近々整理して記載します。
まあ、ともかく、大人になった諸君の姿見て、本当に嬉しい。
写真ありがとう。
済みませんが、写真の中には会社の方もいらっしゃると思うのですが、
「?」じゃあまずいので、至急に教えて下さい。
ごめんなさいね。左端のキャップの人解りません。隣がタツモの Hung 君、茶色シャツは横浜のニフコの Man 、Gioi とその横の方がわからないのですが、隣がタツモのホン、右端がアユミ工業の Cuongだね。ここどこだろう。
ハウステンボス?ユニバーサルスタジオ?

奈良の大仏さんの前だね。左からヨコタ工業のDiep – Kienの奥さん–ヨコタ工業の Hoang – 村上開明堂のDinh – 電業のNghia – 同じく電業のKienだね。


いいなあ、家庭の味。ベトナムの味。やっぱり、宴席はベトナム風に車座がいいね。
向かって左からKien – Hoang – Kienの奥さん – Nghia – Diep。Kien君の自宅でですね?


真ん中がTuan だよね。左右は会社の方だねたぶん。

アキバは新宿、原宿以上に超有名。Huong – Hue – Hoang – Dinh
アユミ工業のPhuc君。ここどこだろう。


あははは、前に当校でがんばっていただいた尾崎先生(左端のチェックシャツ)も大阪で乾杯ですね。いいねえ。左からKien – Hoang – Nghia – 右手前がDiep
Mien – Huan – Dinh – Hue - Diep


フック君、すごいね、演説だね。

HUNGの趣味かな

Cuong - ? - ? – Man – Hung – Nghi


フン君がおっさん化しているのがおもろいね。
Trung – Tuan – Hung – Hoa - ?


Trung – Hung - ? - ? - ?


興南設計に1年前に入社したフン君(赤シャツ)。社内ロボットコンテストかな。岸本部長(黒シャツの方)も愛弟子の成長に納得顔?

ふう〜むむむ、これ全部和製漢語だそうだ。

唐突ですが・・。
これは組み合わせによる和製漢語であって、別に文字自体の創作の「鯨」や「峠」などの和製漢字(国字)もある。それにしても、ざっとこれを眺めただけでも日本人の創作センスの良さが解るね。これらの多くが逆輸入で中国で日常的に使用されているようだ。中国もこれらがないと、現代社会の生活が不便でしょう。

ベトナムにもチュウナムというベトナム漢字がある。
例えば、「女」へんに、つくりが「美」。在りそうで、無い文字ですね。手書き以外書けません。とても良いイメージの字ですね。なんと読むか解りますか?答は下方に。

亜鉛、暗示、意訳、演出、大熊座、温度、概算、概念、概略、会談、会話、回収、改訂、解放、科学、化学、化膿、拡散、歌劇、仮定、活躍、関係、幹線、幹部、観点、間接、寒帯、議員、議院、議会、企業、喜劇、基準、基地、擬人法、帰納、義務、客観、教育学、教科書、教養、協会、協定、共産主義、共鳴、強制、業務、金婚式、金牌、金融、銀行、銀婚式、銀幕、緊張、空間、組合、軍国主義、警察、景気、契機、経験、経済学、経済恐慌、軽工業、形而上学、芸術、系統、劇場、化粧品、下水道、決算、権威、原子、原則、原理、現役、現金、現実、元素、建築、公民、講演、講座、講師、効果、広告、工業、高潮、高利貸、光線、光年、酵素、肯定、小熊座、国際、国税、国教、固体、固定、最恵国、債権、債務、採光、雑誌、紫外線、時間、時候、刺激、施工、施行、市場、市長、自治領、指数、指導、事務員、実感、実業、失恋、質量、資本家、資料、社会学、社会主義、宗教、集団、重工業、終点、主観、手工業、出発点、出版、出版物、将軍、消費、乗客、商業、証券、情報、常識、上水道、承認、所得税、所有権、進化、進化論、進度、人権、神経衰弱、信号、信託、新聞記者、心理学、図案、水素、成分、制限、清算、政策、政党、性能、積極、絶対、接吻、繊維、選挙、宣伝、総合、総理、総領事、速度、体育、体操、退役、退化、大気、代議士、代表、対象、単位、単元、探検、蛋白質、窒素、抽象、直径、直接、通貨収縮、通貨膨張、定義、哲学、電子、電車、電池、電波、電報、電流、電話、伝染病、展覧会、動員、動産、投資、独裁、図書館、特権、内閣、内容、任命、熱帯、年度、能率、背景、覇権、派遣、反響、反射、反応、悲劇、美術、否定、否認、必要、批評、評価、標語、不動産、舞台、物質、物理学、平面、方案、方式、方程式、放射、法人、母校、本質、漫画、蜜月、密度、無産階級、目的、目標、唯心論、唯物論、輸出、要素、理想、理念、立憲、流行病、了解、領海、領空、領土、倫理学、類型、冷戦、労働組合、労働者、論壇、論理学 など。
眺めて意味を考えてみると、本当に絶妙としか言えないですね。何処かの誰かが使い始め、それを見た誰かが「言い得て妙」と合点して使ってみてそして流布して定着したんだろうね。まあ、日本に堆積している膨大な複合的な文明と文化の大地から湧き出てきということさ。


(* 上記の漢字表は、お名前は存じませんが漢字マニアの方のブログから、コピペさせていただいた。ありがとうございました。)

上記のチュウナムの質問の答え・・「母 はは」と読むそうです。元三菱商事のチュウナム研究者荒川さんに10年ぐらい前に教えていただきました。

2012年4月26日木曜日

◎ ハノイ貿易大学の日本プロジェクト第二期生



4月24日ハノイ貿易大学の大会議室で「日本プロジェクト 日本社会の基本学教程」第二期クラスの募集が始まり、20数名の三年生が参加してきた。第一期はまだ2名の採用に過ぎないけれど、最終的には盛夏頃には7名全員が採用されるであろうという見込みなども充分に知った上での参加と思われる。今回は8月から授業開始にする。たぶんそれまでには、既卒業生も含めて30〜40名の参加となるだろうし、そうなると選抜試験で更にレベルは向上すると予想される。写真は名古屋の大手コンサルに就職決定した第一期のズンさんが経験などを語っている。(背景の看板は次の会議用だそうで、無関係)








《ブログご高覧感謝》
僕のブログの中でアクセスとページビューが多いタイトルを紹介致します。
ぜひ、ご高覧ください。多いのは一日1400名の閲覧もありました。

・2008年11月 赤塚不二夫先生のこと
・2009年1月 「ジャクリーヌ・ササールとかBB(べべ)とか」
・2009年5月 ゲバラの映画「モーターサイクルダイヤリーズ」
・     5月 カムイと名著「ベストアンドブライテスト」
・2009年9月  水虫には歯磨き「つぶ塩」が効く?!
・2009年10月「救うのは太陽だと思う」
・2009年12月「爆笑問題の失笑問題」・・・・・1日で1440のPV
・2010年1月 阿倍仲麻呂はハノイの知事である。
・2010年2月 MAC・MAC /  立松和平さんの死。
・2010年3月 「サンデープロジェクトの打ち切り秘話」
・2010年4月 リクルートの罪 /  金のTSUBAKIの女優たち
・2010年12月 映画「ノルウエーの森」の失態
・2011年1月 「お笑いの山崎邦正のベトナムアルバイト」
・2011年3月 ★メイドインジャパンから「Made by JAPANESE」の時代認識へ
・     3月 「大震災をベトナム人は語る」
・2011年4月 映画「東京物語・荒野の7人・シンドラーのリストほか」
・2011年5月 ★復興構想に必要な「人口8000万人時代の国づくり」発想
・     5月 梅原猛先生が「文明災」について語った。
・2011年6月 ★消滅している東北弁
・2011年7月 ★なぎさホテルという哀愁
・     7月 辺見庸氏が3・11とその後にある本質を語った。
・2011年10月 石巻の大川小学校に行った
・2011年11月 石巻・大川小学校のひまわりのお母さんたち
・2011年12月 ハノイ貿易大学日本プロジェクトの学生たちのブログができたよ。
・2012年1月 成田空港の不幸な出自と幸せ伝える人
・     1月 お正月は竹内まりや「人生の扉」だね
・2012年3月 関西セイキ工業さんに今朝、到着
      3月 日刊工業新聞で当校の大きな記事2本掲載
・     3月 ベトナムの床屋さんの良い感じ
・     3月 ★ 文系のベトナム青年に進んでほしい「経済」以外の分野
・     3月 なんだか家族に会いたくなった 写真集
・2012年4月 石巻・大川小学校のひまわりがベトナムで咲く!
・     4月 VCIの概要と実績をまとめた
・     4月 原宿の幼稚園でも大川小学校のひまわりが芽吹いた
・2012年5月 TBS「たけし・安住のニュースキャスター」にVCI登場

     これからも、よろしく、ご高覧ください。阿部正行

◎ 採用いただいた企業様リスト(最新)

                   VCIの卒業生を雇用いただいた主な企業様一覧


関西セイキ工業株式会社 大阪 創業大正12年  医療機器 半導体装置
興南設計株式会社  岡山  機械設計
株式会社村上開明堂 静岡 創業明治15年 自動車部品 ミラー製品
東京精電株式会社  長野  変成器・変圧器など設計製造
富士フィルムビジネスエキスパート株式会社 東京 総務・人事シェアード、IT業務
タツモ株式会社  岡山  半導体装置ほか
日野システック 東京 電気設計:開発、製造
アユミ工業株式会社  兵庫  半導体装置 LED 真空装置
株式会社電業  大阪 創業大正8年 新幹線車両・関連部品製造
ヨコタ工業株式会社 大阪 創業大正8年 エアーツール開発製造
株式会社ニフコ東証第一部上場横浜 自動車・家電などの機能部品
株式会社東京マイクロ 長野・ハノイ  精密機械
曙精機工業株式会社 千葉  治具開発・製造 
株式会社スノウチ 千葉  鉄工・セラミックス
トレックスセミコンダクター株式会社 東京 半導体メーカー 
コダマコーポレーション株式会社 横浜  CAD/CAMソフト
株式会社YCC情報システム 山形  システム開発・ソフト開発
藤精機株式会社 山梨  精密板金・金型
株式会社恭和 静岡  自動車部品開発設計
北川工業株式会社 名古屋  電気機器
株式会社ディスコ東証第一部上場 東京  半導体装置
日東製網株式会社 広島  創業明治43年  製網・搬送機器メーカー
オカノ電機株式会社  東京  電機製造
株式会社高城精機製作所 福岡  プラスチック金型
応用電機株式会社 京都  計測機器・メカトロニクス
株式会社タカトリ 奈良  半導体装置・繊維機器
株)人財ソリューション 東京  半導体専門人材派遣
              * 派遣先:日立超LSI、レネサス、セーコーNPC
住吉製作所 山梨  鉄工・溶接等
株式会社ウイング 東京  機器開発
株式会社静岡制御  静岡  制御機器メーカー
株式会社タイショー  埼玉  精密機械製造 木工機械機器
伊藤鋳造鉄工所  茨城   鋳造・鋳型
ギガヘルツテクノロジー株式会社 東京  ソフト開発
田淵電機株式会社 大阪  電器メーカー
ITI株式会社 ハノイ   金型・鋳造
株式会社ディーエスディー 東京  半導体設計
BIPシステムズ株式会社 東京  システム開発
岸本工業株式会社 静岡  金属加工・金型
JEL株式会社 広島  機械・ロボット

以上■2012・春
当校卒業性は全員、ハノイ工科大学など優秀大学を卒業しており、正社員エンジニアとして採用いただいています。
合計 150名超です。  順不同 一部掲載


◎ ハノイ貿易大学生関係
名南税理士法人 愛知 中部地方で一番の大手税理士会計士法人で、客先の海外進出
に伴い国際部門で採用 2名


資料のご請求やお問い合わせは、abevci@vietnam-waseda.org  にお願い申し上げます。(VN携帯 090-7490-720 )

◎ VCIの概要と実績まとめた。 ぜひご高覧ください。


《概要》2005年の開校(ハノイ市)以来、既に約160数名の卒業生が日本に技術ビザで渡航し、日本全国の優良中堅企業で正社員の若手エンジニアとして活躍しています。2008年3月、理工系ベトナム随一の国立ハノイ工科大学(正式名称BACH KHOA)と当校は「日本語教育と就職支援」の業務協定を締結しました。また、本校の日本語の授業及び企業内コミュニケーション教育、技術者教育の実績は既に採用いただいたお客様はじめ各方面からご評価をいただいており、顧客様からのリピートオーダーも多数いただいております。3回目とか4回目の採用をいただいている企業もあります。

また、代表の阿部は、文系・ビジネス系の最優秀校ハノイ貿易大学の客員教授として、「日本プロジェクト 日本社会の基本学教程」を担当していて、担当クラスの日本で就職したい「日本語・英語・日本語の簿記」などが出来る学生に「社会人基礎力と日本社会のシステム」を年間150時間以上教えていて、日本への就職の支援を全面的に展開しています。(*阿部はかつてリクルート本社に在籍)

《当校へのご支援など》
今までセミナーなどの催事は社団法人九州経済連合会、社団法人九州ニュービジネス協議会、社団法人大阪国際ビジネス振興協会、社団法人静岡県国際経済振興会、社団法人岡山県国際経済交流協会、福岡商工会議所、などのご後援や、東京都庁と東京都中小企業振興公社などのご視察もいただきました。また、在日ベトナム大使館、ベトナム労働省などのご支援もいただいています。更にNHK「おはよう日本」、日経新聞、日刊工業新聞などで、何回も好意的に取り上げられております。

NPO法人VCI人材戦略研究所が運営》
VCI人材戦略研究所は2004年から任意団体として活動し2007年東京都からNPO法人として認証されました。ハノイにあるハノイ日本アカデミーはこの法人が運営する学校の名称です。当校によるこの“日本語ができる理工系学生の輩出”は、エンジニア不足に悩んで居られる中堅企業の人材戦略の一つの「解」と考えています。現在当「ハノイ日本アカデミー」で学ぶ学生のハノイ工科大での履修学部は、主に機械工学部、電機工学部、電子学部、IT学部、化学部、数学部、物理学部などです。
私たちは日本の教育分野のNPOとして、ベトナム人青年の夢の実現を支援しています。

《卒業生を採用いただいている企業》
採用いただいた全国の日本企業は東証第一部上場企業2社を含む約50社以上あり、多くの企業規模は従業員約50名から3000名規模のまさに中堅企業です。半導体、半導体装置、精密機械、金型、電機、機械設計,IT系(システム開発、組み込み系、ソフト開発など)、ロボット、鉄工・溶接など多様な分野の企業です。
社名など詳細は、http://vciat.blogspot.com/2011/03/blog-post_05.html をご高覧ください。

《日本企業に正社員エンジニアとして就職しています》
当校の学生は、約10ヶ月間、日本語コミュニケーション教育、企業内コミュニケーション教育、技術者教育、「現場になれる」教育などを猛烈に学習します。優良学生はほぼ2級(〜3級)レベルです。日本企業はハノイで面接し、採用します。他に出来ない当校の特徴は労働者研修や派遣ではなく、御社の培ってきた技術を承継できる若手の正社員エンジニアを採用できるということです。つまり、正式な技術VISAであり、長期雇用が見込めるという事です。学生たちは6,7年から10年ぐらいの雇用を期待しています。また帰国後も、ベトナム支店・工場での雇用の継続を希望しています。 以上。

    NPO法人 VCI人材戦略研究所

2012年4月25日水曜日

静岡・村上開明堂さんの入社式やお花見・・

流石に緊張した表情ですね。村上開明堂の入社式にて、バック君(グレー背広)と、ドン君(背高い)。ホテルの会場でしょうか、こんな雰囲気でお祝い受けるのも二人にとっては人生初体験でしょうから、いか仕方ないですね。本当におめでとう。これからが、スタートですね。落ち着いて、自信もって歩んで行ってください。
いいですね。静岡の花見だね。向かって左から新人ドン君、2年先輩のディン君、中程は会社の関係のお若い方とお子さんらで、右の毛糸の帽子がやはり2年先に就職したズン君。右端はバック君。
子供たちは、きっと職場の方々のお子さんだね。皆さんに君ら4人が大切にされていることが解る。もう3年目を迎えるディンとズンはそろそろ、そういった皆さんへ恩を返していく時期になりつつあるね。相当にがんばらなくてはいけませんね。
ディン君はいま、何を担当しているのかしら。広い意味でまだ、研修の最中で色んな仕事を体験しているのかな。近日、報告ください。
ズン君、去年の春かな、いきなり結婚と長期休暇の事を聞いたとき、驚いたよ。でも、周囲の皆さんの暖かいご配慮で結婚も出来ました。いいかい、職場の同僚や上司の皆さんのご協力があってこそ、君ら4人がしっかり歩める環境が出来ているんだ。絶対忘れないでね。ズン君は当校の夜のガードマンをアルバイトでやってくれていた。よくがんばって居た。僕の急病の時など、君は献身的であった。思い出すね。じゃあ、がんばりましょう。
自動車業界 ミラーの老舗 
静岡 村上開明堂さん URL http://www.murakami-kaimeido.co.jp/


2012年4月22日日曜日

ベトナムで大川小学校のひまわりの芽が出たよ。

先々週の授業の時にみんなで小分けした大川小学校のひまわりの種を学生がそれぞれの思いを込めて種植えしたようですが、ディアップ君からのまさに第一号の写真報告が入ってきました。うれしいなあ、ほんとに単純にうれしい。何とかうまく育ててね。さあ、他の人はどうかなあ。
 この携帯の写真は、お庭がある当校庶務部のフンさんの庭で3日ほど前に撮影されたもの。僕の植え方の指示がわるく「5㎜」程度の穴の深さにあわてて変更。みなさん、よろしくね。

2012年4月21日土曜日

いなせな若衆。岡山タツモさんの4人です。


この写真は岡山県井原市のタツモ株式会社の山辺部長から送られてきた画像です。お手紙には会社の近所の井森神社の秋の祭りとある。嬉しいじゃあないですか、このいなせな法被姿。左から2番目のフン君と右端のホンくんは、当VCIの706クラス。つまり、2008年の春にタツモさんに採用されもう4年だねえ。佐藤、五百木(いおき)、作間の女流三人組の先生が愛弟子のように育てたクラスだし、そこのトップであった2名です。堂々たるものがあるね。フン君は当校の2年あとのクラスの婚約者ホアさんと結婚、いま一児の父だ。ホンは、まだ独身だっけ??教えてください。左端のチャン君と右から2番目のツアン君は、いま、どうなのかしら、この写真だと風格はでてきたようだが、実力はどうなんだい?君ら二人もVCIを卒業して採用されもう1年4ヶ月ぐらい経ったかな?

今年は、様子を見に行かせてください。ぜひ、皆様にお会いし、彼らにも激励で会いたいですね。5年前に夕方御社にお伺いしたことが、昨日の様です。昨日の夕景のように思い出されます。
タツモさんは、液晶装置、半導体装置のメーカーです。TAZMOベトナム(小合社長)がホーチミン市にあります。 http://www.tazmo.co.jp/index.html



2012年4月20日金曜日

大川小学校にまた訪問して、皆さんとお会いした。


前回はいけなかったが、大川小学校のそばを滔々と流れている北上川の河口に行ってみた。まるで海みたいであった。写真奥上流4キロぐらい左に大川小学校がある。

小学校正面脇に鯉のぼりが設置してあった。

4月15日日曜日に石巻の大川小学校のご遺族のなかの「ひまわり」のお母様たちにお会いしてきた。今度も仙台の弟が車で一緒に来てくれた。今度の東日本の大震災・津波・原発事故では、2万数千人の方が亡くなられ、あるいは不明となっているので、遺族というか、悲しみに暮れたご家族は数十万人もいたのだろうと思う。大川小学校のご遺族たちはその中の小さな単位に過ぎないけれど、生活だけでなく、マスコミの無責任ともおもえる取材攻勢から身を守ることさえ仲間同士で支え合い、この1年間を過ごしてきたようだ。

僕は、何が出来るのであろうか、と自問しながら、ひまわりのお母様と連絡を取り合ってきた。前回10月は、福田さんご夫妻とお会いしたわけだが、今回はわざわざ、ひまわりのお母様のほとんど全員に近い7名の方が来てくれた。自分の子供たちが黒い津波に流された橋のたもとの三角地帯と地元の方が言う場所で、お会いした。後ろの堅牢な交通標語の看板が根本から曲がり折れている。その後ろに水色に見えるのは水量豊かな北上川。このいわゆる三角地帯では、これからチューリップが咲いて、その後ひまわりだそうだ。

僕の出来ることは、今のところお子さんたちの元気であった時の様子をお聞きすることだろうと思っている。短い時間ではあったろうけれど、地球上にお子さんたちが残した痕跡を僕がお母様たちから聞くことなのだろうと思っています。またさらに、ベトナム人の知人たち、学生たちが「大川小学校の種を頂いて、ベトナムに撒いて咲かせよう。そして子供たちの事を思い起こそう」という動きを僕が手伝うことだろう。上の写真で僕が持っている袋には改めて狩野さんからいただいた100〜150粒が入っています。
先々週に先行して、学生たちが撒いた種は芽が出始めた人もいるようです。近日、そういう写真の報告も送ってくることでしょう。

小学校の悲劇ですので、お子さんを兄弟姉妹同時に亡くしたお母様も多い。僕と連絡をいつも取って頂いている僕の隣に居られる福田さんは男の子と女の子の兄弟を同時に亡くしている。三姉妹とか、一家6名とか同時に家族の多くを失った方もいる。その悲しみの大きさと深さは幾ばくか。その事実の中で、立ち尽くすだけで、僕などは何も語れない。
でも「生きてこそ、子供たちに会えるんだよ。死んではならない」と誰かが、彼女らに心を強く持つようにおっしゃったようだ。(了)
廃墟となった小学校右側面と「裏山」といえる雑木林や丘が見える。距離は200メートルも無い印象だ。今回はその辺も歩いてみた。

お腹あたった。入院するほどじゃあないが・・

昨日、時間もあり、また、たまにはハノイの日本料理でもたべようかなあと思い地元日本語雑誌「スケッチ」広げて、どこにしようかと迷ったあげく、行ったことがない店でかつ面倒なので近い所に行こうと考えて、「k」とかいう「寛」の手前の日本料理屋にセオムで行った。入り口に焼き肉とか書いてあるし、肉食べたくないので、一瞬ためらった。でも、歩をすすめ、引き戸をあけたら、右手に焼き肉用の七輪を入れるテーブル上の穴に良くある蓋がされ、それが、3,4個見えたし、お客もいなそうであったので(時間が早いので)、また一瞬、つまり合計で二瞬あったのだから、まあ、あわせて1秒は考えることができて、跗(くびす)をかえせばよかったのであったが、どうぞどうぞという若い女子店員たちの強い勧誘にまた一瞬根負けして、言われるままに2階にあがった。そうしたら、新人の店員だろうか、最端っこの物置にも見えそうなスペースに僕を案内したので、だって、満員ならしかたないさ、二階に客は僕一人。「おいおい、エムオイ、ここはいやだよ」といったら、ベテラン女子が若手に「あんたばかねえ」と言わんばかりに「お客様すみません、ここの真ん中で結構です」と「ドヤ顔」で仕切った。

このドヤ顔のベテラン女子の対応が一瞬遅れれば、もちろん、ここで「さいなら」したはずだ。良く考えると、いやな感じというか、「負」の雰囲気は合計で三瞬間あったわけで、仕事もそうだが、良くない兆しは大きな問題の前に僅かだが、顔を見せるものだ。いままでの長い年月で「ちょっと、よくないなあ」と思ったものは、必ずだめになってきたね。ご同輩、どうですか?

だから、「負の僅かな兆候」の瞬間を確実に把握し、対処する事なしにことは、良くならないね。だから、昨晩の3回も魔の顔を見た一瞬に判断しなかったことが、大変な腹痛と下痢になって、現出してしまったということさ。大猛省。生ものも昨日は食していないし、細菌か雑菌の基は何処にあったのかした。なんとなく、シーチキンのようなお通しのような気もしないではない。料理の出方も遅いし、美味しさも何ていうこともなし。たまにのおいしい和食たべた〜い一夜のとんだ顛末と言うことです。

2012年4月8日日曜日

石巻・大川小学校のひまわりがベトナムで咲く?!

*この写真は大川小学校のご遺族の一部のお母さんたちが子供たちが避難して来ても波にのまれ亡くなった学校近くの「三角地帯」とよばれる土地にお子さんたちの笑顔が見たい一心で4月頃に種植えして、8月に見事に何十本も背の高さのひまわりが開花しました。その中のお一人狩野さんから頂いた写真の中の一枚です。このクローズアップのお写真の中にお母さんたちのお心の全てが表現されているように思います。

昨日、僕の授業で、去年当校の義捐金を持参したことや、小さな交流が始まっていることなど含めて大川小学校の「ひまわり」について改めて採り上げた。ハノイ貿易大学の学生、ハノイ工科大の学生、ハイフォン航海大学の学生たちである。そこでの学習と言うことだけではなく、去年10月に頂いてお預かりしていたひまわりの種200粒ぐらい(一部青朝顔もある)の多くを学生と職員に配り、みんなの家の庭とか大鉢とかに植えてもらうことにした。今が植え時らしいのだ。インターネットで調べた種植えの方法も僕素人ですが、一応みんなに伝授。ベトナムでひまわりが生育するかどうかは、正直知らないのですが、適度な雨もあり、太陽もあれば、いけるんでしょう、たぶんね。

学生と職員がひまわりを育て開花し、またその今夏の種が大川小学校のお母さんたちの思いを連れて、ベトナム各地に伝わっていけば最高ですね。
残りの30粒ぐらいは日本の友人や家族に託してみようかなと考えています。
どんな風に育っていくんだろうか。学生たちには時々写真を撮って送ってもらいます。
もちろん今夏咲いたら、ハノイで「ひまわり祭り」だね。まず黙祷し子供たちとお母さんたちの事に思いをはせ、その上で献杯。さらにベトナムでひまわりの種が広がっていくことをお祝いして、開花の写真とか手紙をお母さんたちに送ろうね。NGOCさん、得意のfacebookも活用してね。

2012年4月6日金曜日

★中小のアジア進出に支援 朝日新聞WEB版4月6日


中小企業のアジア進出を支援 政投銀と双日が提携

日本政策投資銀行(政投銀)と大手商社の双日は、中小企業のアジア進出を支援することで提携した。インドネシアやベトナムなどで工業団地を営む双日の情報を、政投銀が地方銀行を通じて中小企業に提供する。進出企業には手続き面や資金面でも支援する。
政投銀が海外進出の支援で商社と提携するのは初めて。政投銀は昨年6月に「アジア金融支援センター」をつくり、地方銀行を通じた中小企業の海外進出の支援を始めた。双日と組むことで、現地の不動産や雇用などの情報を提供し、工場建設や現地法人の設立手続きなども双日といっしょに手助けする。地銀の求めがあれば、協力して融資もしていくという。
・・・まあ、いまさらのニュースでなく、「new」じゃあないけれど、加速がついてほしいので載せた。あと20数年で9000万人、40年後間違いなく日本の人口サイズは8000万人時代になる。でも「大きくない、過熱しない、落ち着いた国づくり」のチャンスでもある。下記に8000万人時代の構想を含めた「耕論」が、僕のブログに書いてあります。ご参照ください。・・・・・日付けは2011/3/13、まさに震災の二日後です。

 ★ 「Made by Japanese」の時代認識へ!

《8000万人時代のニッポンの地平》

■大分前だが、ユニクロのシャーツをベトナム人にプレゼントしたことがあった。そのとき、その友人はシャーツのタグを見つめてめざとく「中国製」ですね、 とのたまわったのだ。ユニクロは中国で大半を縫製し、商品化していることは解っているし、バングラディッシュでも始めていたことぐらいは僕でも知ってる さ。「ユニクロってさあ、日本の会社だぜ。生産は安いから中国で作ってるけれど、企画とか、品質管理とか、商品の責任は日本の本社。だから、”中国製” じゃあないのさ!!」といらだって僅か語気を強めて彼に言ったものだ。このことは大分前から気がついていたし、どうして表記を改善しないのかと思ってい た。国際ルールに従って生産地表記は当然だ。でも、その下か脇に「Plan byニッポン」とか「QC by 日本」とか、どうして明示しないのかなあと、思っていたよ。確かにmade in は中国の何処かさ。良いんだよそれはそれで、現実だから。でも、言うまでも無くもの作りというか、商品の生産は企画があり、事業計画があり、設計があり、 生産工程があり、品質検査があり、物流があり、マーケティング戦略に基づいて世界販売させる訳だよね。生産はもちろん一番重要なポイントで在るけれども、 全体の流れの中の一つに過ぎない。

タグ表記の「made in china」だけでは商品の全容を表現していない。商品の良さは、「企画から」、物によっては鮮度を保つ「物流まで」の全行程で「作られる」。そうである ならば、「made in japan」として誇り高い商品、ぜひそれを明示したい「日本製品」はタグの表記を変える必要があるね(タグだけでなく、梱包の段ボールも納品書など帳票 類も総合的に主張を戦略化すべき)。最良は全生産行程を解りやすく短文の一覧で記載することだろう。でも、そんなスペースがある物ばかりとは言えない。そ の場合は「made in 」の上か下の位置にはっきりと「made by Japanese」と明記すべきだろう。存在感や魅力の低落中の日本にとってこのような主張と誇りは、地味で事務的と思われがちな表記にもはっきり現すこ とによって、新しい魅力あるイメージを形成して行く必要があろう。「made by Japanese」は、かのベトナム人友人にも「そうか、生産地は中国だが、この商品は信頼のブランドのニッポンが責任を持って製造して世界に届けている んだね」と明確に認識させ、今後は、そう語らせる事になろう。

僕は、当校の優秀なエンジニア志望の学生を送り出すべく、多様な企画を考え実行して、そのために頻繁に地方に行く。どちらかというと東京より、西方が圧倒 的に多い。そのセミナーやイベント、また会合で良く質問されたり、主張を聞かされるのは「私たち中小企業がアジアに進出すると、国内に雇用の減少が確実に 起こり、産業全体に空洞化がおきるのでは」と言う考え方だ。だから、海外に行かずに地元で踏ん張るという。海外に工場が移転すれば、雇用は現実的に減少す る。まったくそうです。僕も全く否定しないさ。でも、後50年もすると我が国は8000万人台の国となる。明治の初めに3500万人の総人口であったこと をかんがえれば、それでもまだまだ小さくはないが、6000万人台で、現在の半数に過ぎなかった人口数でも高飛車で威勢を張っていた太平洋戦争突入時のサ イズに100年後には近づく。

つまり、100年ぐらい以前の大きさに縮小した国の大きさになって行くのは間違いないのが今の日本なのだ。ITの推進は雇用を減らさないという、ITや高 度通信領域サイドからの嘘っぱちキャンペーンが奏功して、あまり問題にはならなかったが、工場はロボット化して、インターネットで物流すらデータの移動の 代行される物も相次ぎ、20世紀の終わりから、産業構造が質的な変換を呈した。こんな環境の中で雇用が減らないはずがない。おそらく、20%程度は今まで の重要と思われていた仕事も消滅したはずである。しかし人類の英知で新しい雇用を生む分野が次々と起こり、具体的な減退は微少に見える。しかしこの新しい 分野の多くは情報技術に関係した分野であって、将来雇用は漸減すると見込まれる。ただし、コンテンツ大国日本はラッキーな事に、農業、観光、サービス、教 育、サブカルなどITだけでは処理出来ない優れた技能を伴った物に実力が備わっている。もちろん、職人技も含んだ「もの作り」が、これらの成長領域での筆 頭だろう。だから、結果この分野の拡大発展を志向すれば、雇用は人口減に比例して数字は低下するだけで、失業率が増える事にはならないはずだ。
つまり、国のダウンサイジングに合わせていくことになるので、過剰な「雇用問題の心配」は、無用と思う。観念的に深刻に不安を言ってもほとんど意味がな い。従って、「海外に活路を求めるべきでない」とする考えは、自社の停滞を表明するのと同意だ。この10年でさえ、もの作り企業は80万社から、60万社 に激減している原因を改めて考えて欲しい。

世界の富は公平に世界の人々が享受しなければならない。先進国と言われる「北」に富が集中し、CO2など後始末ばかり途上国に押しつけてはいけない。小学 生でも解る常識だ。その後進国であった時代から日本は「資源がない国」と言ってきた。僕らの小学校中学校の教科書にもはっきり記述されていたはずである。 反対に価値のある資源に溢れていた中近東アラブ諸国は、今は革命の風神が吹きまくっているようであるが、今まで数十年間に渡って力強い「石油の資源国」で あった。でも21世紀の現在、遂には石油の枯渇する日程も露わになりつつあったが、まさに彼らは社会的マハトとして気がついたことがあった。”石油はなく なりつつある。その上不毛の砂漠しか残されていない。でも待てよ。アラーの神様を拝んで天空を仰いだ時、「太陽の威光」というか膨大な太陽エネルギーに気 がついたのだ。今や石油資源国でなく、マスダールシティーをコアに太陽光エネルギー大国にアラブ地域は大きく変換しつつあるのだ。

アフリカからインドまでの赤道を中心とした途方もなく広大な「サンベルト」地帯と呼ばれている一帯に注がれる我が太陽のエネルギーはどのくらいか?想像出 来ますか。まさかなのだが、そのサンベルトに降り注ぐたった6時間の太陽光のエネルギーは、地球上の人類が今必要としている年間の総エネルギーと同量なの だぜ。途轍もなく凄まじいね。そういう意味では現在のアラブ革命はそのエネルギーのエントロピー的構造変化の第一段階といえるのさ。長くなったが、アラブ の賢人たちが青空を仰いで発見したような資源を日本人は明確に発見する必要がある。その資源は日本人の頭の中にある数十億個の脳細胞が形作っている「知的 蓄積」に求めるしかないようだ。この歴史的に培い蓄積した資源を活用する「世界一豊富な高度知識労働力を資源とした国」として自分の姿を発見すればいいん だと思う。戯れ言で申し上げているわけではない。世界に日本のプレゼンスを明確に打ち出せる資源は、個々人が持っている人間資源であるということだ。手垢 が付いていない言い方をすれば、どういえばいいか。携帯やPCに使用されているレアメタルを「都市鉱山」という言い方に学べば、僕たち日本人の資源は、 個々人が持っている歴史的にたい積している「東の辺境の記憶」だと言うことなのかも知れない。

技術や文明は高いところから、低位置にある社会に流れていく。ものの理だろう。ユーラシア大陸の文化と文明が東進して流れ、行き着いた先は東の辺境国の日 本だ、ここで行き止まったと言った方が解りやすい。もちろん、一部は止まらず北上しアリューシャン列島から、アラスカに。アラスカでエスキモーを残して、 一隊はアメリカ大陸に。ここでもネイティブインディアンを残して、南米アンデスへ。人類と文明は行進を止めることが最後までなかった 。その果てしない旅のエネルギーが日本列島にたまりに貯まったと理解すると、文明史は平明で理解しやすい。移動する人類的エネルギーが、日本列島に息づい ていること、最近の言い方で言えばDNAとして体内に宿しているということだ。さらに、日本列島には2000年も3000年もの文化的蓄積が幾層にもたい 積しており、僕たちの知のエネルギーとして個々に昇華されているわけだ。日本はそのような東端の集積地ターミネータであるのだ。本当にラッキーな話しだ ぜ。

日本は時期を見て世界からいただいた文明や文化のお返しをしなければなるまい。プレゼンスが凋落しているけれど成熟国の日本はそういう時期を迎えていると 言って良い。言うまでも無く、製銅や製鉄技術から稲作、漢字も仏教も道教も儒教も広大な大陸まで文明の行進を続けてきた多くの諸民族から、著作権も特許権 も主張や請求されることなく無償でいただいてきた。文化・文明の遷移さ。江戸時代以降でもオランダなどのヨーロッパ諸国から、明治以降は法制度はドイツ・ プロシアから、軍事はフランスや英国から、重商主義的また後半は資本主義的方式に則って手に入れてきた。戦後は戦勝国アメリカから彼らの戦略的施策の散布 に手名付けられ、臆面もなく新しい文化や技術を享受してきた。そして戦後「安かろう、悪かろう」の時期を経て20年で敵国アメリカ帝国主義に追いつける位 置につけ、その後の20年で、つまり1980年代でほぼ同等の「経済的」位置にこぎ着けたと言って良いだろう。福沢諭吉は福翁自伝の中で「江戸時代にアメ リカのペリーが黒船で日本に来てから、たった7年後には、日本人だけで咸臨丸は太平洋をわたった。黒船を見てから航海術を学習し、アメリカに行けるまで たったの7年でやり遂げる日本人の好奇心と探求心そして勇気は特別な物だろう」とね。その土壌がいまも在るはずなのさ、この社会にはね。この土壌の掘り起 こしが、日本の新しい資源の発見となる。僕たちは文化のターミネータとしてそれらのたい積していた資源を掘り起こせば、ニッポンは全く新しい資源国になれ る。

だから、僕たちの社会の中にあるその文化的土壌を考えると生産拠点である工場は広大な土地がある国に移転して良いのさ。問題ないと言うことだ。生産はお願 いしてその現地の従業員の産業的な教育や技術教育、企業人的な教育は日本が受け持てばいいのだよ。そして互恵的に豊かさを創造して行ければ良いのさ。それ は中国でもベトナムでもバングラディッシュでもアフリカでもいい。頑張る人民がいるところに行って、相互に幸せを追求できればいいんだ。内需外需の区別は 既に溶解しつつある。国内外という物の見方すら曖昧になってきている。特に高度情報社会のいま、途上国と互恵的な協力無しに豊かさを手にする事は双方に とって困難だろう。これって新手の大東和共栄圏じゃあないぜ。新しい帝国でも無いよ。サイズが縮小する日本社会の方向性を試論しているだけさ。日本は安全 な食と農の国になろう!日本はもの作りなどの産業技術を教える教育と学校の国になろう。美しい自然を世界の人に楽しんでいただく観光大国目指そう。アニ メ・まんが・ゲーム・「かわいい」「COOL」などのサブカル大国であることに目覚めよう。気配りの世界一のプロとしてサービス王国になろう、また「もっ たいない」概念を世界化した環境提案国を更に深化させようぜ。こう言ったときに必要な考え方が「Made by JAPANESE」なのだろうと思う。東 の辺境ニッポンから、文化や技能、技術をお返しのつもりで途上国に遷移させ世界中で活用される時代に、日本は久しぶりにプレゼンスを回復出来る。でも、福 島の原発が崩壊しなければ、ということが総ての前提となる。・・・耕論として一気に書いたので論旨が散漫、近日整えたい。
2011/3/13

2012年4月4日水曜日

さあ、そろそろ村上開明堂さんのバック君、ドン君の入社式だ。

日本には100年以上の歴史がある企業が10万社、200年以上の歴史をもつ企業が3000社在ります。そしてまた、聖徳太子が生きていたいた時代から1500年以上継続していて、世界ナンバーワンの長寿企業が大阪にあります。寺社仏閣専門の職人企業の金剛組です。日本は実は歴史的企業の世界一の王国なんです。知っていましたか?静岡の村上開明堂さんも、実は125年以上の老舗中の老舗なんです。鏡の製造から始まり今では、日本の車メーカーの各社のバックミラーの70%位のシェアを持つ、業界では有名で有力企業です。

村上開明堂さんは、2010年、2011年と連続して当校から優秀生を2名ずつ採用しています。本年もご期待申し上げます。さて、村上開明堂さんの新人外国人育成は時間と費用を掛けて、会社持ちで長期に静岡などの日本語学校に入学させて、レベルを上げていただく努力をされており、独自の長期の育成計画に組み込まれていて、当校としては、知る限りでは最も整備された有り難いキャリアアップシステムと思っております。そしてその熱意は毎回村上太郎社長が自らハノイの当校にお見えになり面接を采配していることに現れていますね。 さあ、4月2日は待ちに待った入社式ですね。
村上開明堂さんURL http://www.murakami-kaimeido.co.jp/

写真は静岡の日本語学校での研修の終了式のようですね。学内での日本語能力試験の模擬試験では二人とも2級は取ったようです。彼らだけの頑張りでなく、周りにいしゃっしゃる先生方のご努力と愛情が実を結んだのだろうと思います。バック君(向かって左の眼鏡)とドン君(右白い服)は、先生方に心から感謝しなくてはいけないし、お盆や正月の挨拶は欠かせないよ。そういうのが日本の基本さ(そういう僕が相当怪しいね)。
凛々しい二人です。村上社長への挨拶と御礼は当然だけれど、日頃お世話になっている安藤さん、八木さんにも日頃の挨拶とちょっとした報告は必要だよ、しっかりね。ok?
で、次回は八木さん安藤さんと話して、まずは、入社式の写真とか、先輩二名とベトナム人4名の生活とか仕事ぶりの写真を「説明」付きで送ってください。いつでも良いです。