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2011年9月27日火曜日

「失敗の本質」とか・・/ 息子に息子

やっと「天皇の世紀 全十二巻」(文春文庫)第五巻をくぐることができ、第六巻の「長州」編に入った。いわば長州のクーデターの禁裏抱き込みの概要が緻密に展開された「京都」編の継続ということだ。また、以前購入し、一部をちょっとめくっていた「ヌーベルバーグの時代」(紀伊国屋映画叢書)を読み始めた。同時に古典中の古典ルース・ベネディクト「菊と刀」、日本軍の組織論研究「失敗の本質」(中公文庫)、これも重要な論究ですね。同時に助走なのだが読み始めた。もちろん日本の盤石な官僚体制をもっと知りたい体からの要求が強くなってきたのだろうと思う。また前から買おうと思っていた加藤陽子「それでも日本人は戦争を選んだ」(朝日出版社)と保阪正康さんの「田中角栄の昭和」(朝日新書)を購入し、目次やあとがきを眺めて、読者としての心の熟成を待ち、一気呵成に読み出すタイミングを探っている。

以前、20年後まで本が読めて、つまり82才まで本が読めるとして、合計720冊しか、僕の今生の人生で読めない計算であった。でもさ、いまの現実の本の購入の激減と読むスピード、購読意欲などを勘案すると、根拠の数字をもっと削る必要があるんだろうとおもって、実は三回目なのだが、いま、計算を試みてみる。一昨年の計算では82才までに1500冊、去年もう一回根拠数字を減らしたら半減の720冊。今回はもっとぐ〜んとへってしまいだろうなあ。仕事で読む本は含めない計算でね。一ヶ月間にせいぜい4冊だろうなあ。それも73才まで。74才からは仕事の本は減るだろうに、重量ある本は読めないし、iPadになるかもしれないが、僕の好きな本があるアプリもあんまりなさそうだし。まあ、月2冊とるか。嗚呼、激減の予感。

4冊×12ヶ月×10年=480冊 2冊×12ヶ月×9年=216冊 合計696冊。720冊計算から、股減ってしまったなあ。以前は40冊×15年=600冊、で、77才以降、量を減らして・・・24冊×5年=120冊・・でけいさんしたらしい。長編の古典しか食指が動かないね。最近の気分は。「天皇の世紀 全十二巻」の後は、やはり大佛次郎「パリコミューン」、滝沢馬琴「南総里見八犬伝」、中里介山「大菩薩峠」、プルースト「失われた時を求めて」、ヘーゲル・長谷川宏訳「精神現象学」、円地文子訳「源氏物語」、「ゲド戦記」、手塚治虫「火の鳥」再読、手塚治虫「仏陀」、吉川英治「宮本武蔵」、ちばてつや「明日のジョー」再読、とか読んでると、もう70才だろうね、いやはや。くり返すが、今生であと696冊しか「名著」を読めないんだぁ。さびしいというか、むなしいというか。僕に一種の強迫観念のようなモノがあるんだろうなあ。約700冊しか読めないで何なの。読んだら天国に行けるとでも。考えれば、意味のない事なんだけれども。

■さきほど、携帯の留守電に赤ん坊の泣き声が入っていた。奴らしいなぁ、「生まれたよ」とか言わずに「赤ん坊の音声」だけで通知の演出するところは、ちょっとやっぱり僕似だね、息子よ。今日15時に、僕に孫だ。ふ〜〜む。よく理解出来ないがともかく、亡くなった妻晃子(てるこ)にさきほど、線香をあげ報告した。君も今日からお婆さんだよってね。男子2600グラムとか。おめでとう息子。嫁さんの紘子さんおめでとう。その孫という新しい命と今後どのように付き合っていくのかな。僕。

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