2011年9月5日月曜日

ベトナム人の瞬発力

今から、ベトナム人の行動力とか仕上げ力とか褒め称えるつもりで書き始めているのです。でも、そう言う褒められるような人物がベトナム人の大半ではないだろうし、傾向とも言い切れないけれど、でも、こういう満足経験は別なプロジェクトでも何度も経験しているのだから、遠慮無く「ベトナム人は凄い」と言い切っても良さそうだけれど、無責任に賞賛できない連中もまわりに居ることはいるので、断定はできそうにもなく、つまりは日本と大差なく「考えて成果を求めたり、モノを作り上げることに関心が強い」人は労働人口の半分は居ると見て良いんじゃあないかな。深く考える習性をたまたま得ていない人、視力は健全なのに目の前の視界に薄い膜が張られっぱなしの人って、日本の青年や壮年に結構いるよね。まあ40〜50%は優に居るんじゃあないの。もっと細かくセグメントすると差別に繋がるし、僕当人も「下層」にはめられそうになるとバカをみるから、だからここいらでこれは中断。

さて、僕の仕事で「凄いなあ」と僕を唸らせた人は主に女性2名なのですが、きちんと考え、さっさと実行する良質の50%組のその上位部分の人と言うことなんだろうとおもうが、実にゲリラなんだ。具体的にいうとベトナムのある有名雑誌の編集者であり、ちょっとまえまで、ケンブリッジという英語学校の経営者でもあり、身寄りのない身体不自由児を養子にしているアインさんと、かつては伊藤忠やホンダに勤務し、ファッションブランドを立ち上げ繁華街にブティックも持ち、人材供給会社の社長、アメリカとの合弁企業の役員などを経てきたブオンさんの二人だ。シンガポールの大学を出、その身寄りのない子供の手術では、イタリアとかアメリカまで行ってその子供のために献身しているANHさんは、どちらかといえば、国内外のメディアを通じたPRの展開に長じており、国内の人脈の動員や日本語もできるので日本語関係や税理士でもあるので、会計税務も担当してるのがブオンさんで、この二人がタッグを組んで我がハノイ日本アカデミーとNPOのVCI人材戦略研究所をベトナムに於ける確固とした位置の学校とリクルート機関にすべく動き出したのである。何とも頼もしい限りである。

で、僕は「ばかにするな、PRやマーケティングコミニュケーションは、僕の分野で在り、30年もやってきたプロなんだから」と拒絶し、金もないのに冗談辞めてくれ、とご両人に言い張った。経営の不振の実態は僕がよく知っているのであり、僕の営業努力の不足も原因の一つだが大きくは「リーマンショックからの流れのデフレであり、やや立ち直りかけていた際におこった今春の大震災が不透明な状況を引き起こしている」ことが、経営の不振の主な要因であろう、とお決まりの文句というか外部要因を並べ立てた。それは、一回の会議でなくメールのやりとりとskypeが多かったが何度も話した。でも、お茶代ぐらいしか金をかけないという。カメラマンも、大新聞も友人だし、雑誌も頼めるひとばっかり。で、阿部さんの「ネタ」は面白いので、言えば当然食いついてくる。だから、別に余計な費用は全くかからないと言う。ひゃ〜〜。何ともたのもしい。

で、面白いのは、老人阿部は、いま広報する金がない、PRの戦略は俺がプロだから、やるなら俺がやる、経営に明るい日差しが失せて丸二年経過したが、其の要因は不況が主だ、と今考えると恥ずかしい位の老人症風な論旨で彼女らの動きをつぶしにかかった。暖簾に腕押しってこのことなんだろう、僕の話を「ふむふむ」と聞きつつ捨て置き、「あらたな企画やPR材料の作成プラン」などが続々上がってきた。戦略内容はここでは明かせない。ベトナム関係者がこのブログをかなり読んでるのでね。

・・・一休みして音楽でも聴こうとYOUTUBEみたらエンニオ・モリコーネのいろいろがでていて、荒野の用心棒とか聞いているうちに、西部劇のエリアにはいりこんだら、「シェーン」聞いて涙がでそうになって、「遙かなる山の呼び声」いいねえ、そのうち「青い山脈」聞いて、ちゃんちゃんちゃん、チャンチャンチャン。戦後の雰囲気が何とも形容しがたい。原節子、杉葉子、池部良。ということで時間なくなった・・・・つづく 

で、今朝も大手雑誌社のカメラマンが来て、授業や僕のインタビュー写真などをバシャバシャシャッターを切っていた。前に言ったとおり、僕は取材する側であり、記者会見の段取りをする方であったので、戸惑いはないけれど、心持ちは微妙だ。

明日は、誰でもしっている全国紙3紙との共同記者会見がこのおばさま2名によって準備されており、一流ホテルに午前中に向かわなければならないことになっている。おいおい、背広持ってきてないぜ。日本で活躍している140名の当校卒業生の活躍の写真だとか、日本を楽しんでいる写真も数十枚このプロジェクトに渡しているので、有効に使ってくれるのであろう。
僕はここで、PRの最中だから、このブログでも広報しようと思って書いているのではないよ。彼女らの「発想」と「進行」について論評したいわけさ。なぜなら、ベトナム人社員を使っている企業のトップの方で、これを見ている人は多いらしいので、そういう方たちや、今後採用する予定の方たちの参考になればと思ってベトナム人の「生態」の一部をかいつまんでいるわけです。

ブオンは否定しているが、ベトナム人は概して計画を立案することが好きではない。頭の中でのプランは当然あるんだろうけれど、紙に出力して掲示するような計画には関心が無いように感じてきた。だから、僕の著作でも「計画きらいなベトナム人」と論断していた。でも、大きなプロモーションの計画だし、仕事もプロフェッショナルで鳴らしてきたお二人だから、日程は何時も唐突でいつものようにまごつかせられたが、PRのプランは媒体計画といい、サーキュレーションといい、演出的な全体の計画などは天晴れなモノでした。ただし、いっとくけれど、日本人の様に計画書作成自体が目的のような計画はまったく、考えていない。柔軟でいつでも変更可なしなやかなイメージだけを考えている。彼らは「日々動いているはずの事態と要因」が固定してしまう「計画書」に意味を感じない発想なのだ、煎じつめると「生きたライブな計画」は持っていると言うことだろう。紙に印刷しているかどうかは別ですがね。

つまり、ベトナム人も当たり前と言えば当たり前なのですが、ビジネスの最前線に身を置いてきた人は、全く日本人と同じに、様式はアメリカ式であったり、フランス式で合ったりするものの、ビジネスの戦闘に勝ち抜くセオリーと技術力は持って居ると言うことです。むしろ、始まったら徹底的です。遠慮なく、かつ大げさに言えば無慈悲でもやり抜く決意を胸に秘めて決起している。日本人はそのあたりの事情をよく知らず、自分より下に見ている気配(非能率的だなあ、とか)がまだまだある。でも、ちょっとそこがちがうんだなあ。

例えば、報連相は日本人が編み出したものだ。だからベトナム人だけでなく、アメリカ人もロシア人もインド人もタイ人も得意とはしていないと思う。報連相をインド人やロシア人が大好きだとは聞いたこともない。NYのビジネスマンだってそうだろう?報連相にある思想は根回しであり、情報の共有であり、決済の積み上げだ。僕らにとっては生活の一部にもなっているので、疑問も抱くことはないが、これは正規軍戦用の技術であって、ゲリラ戦用ではない。ゲリラは身内すら欺くほど唐突でなくてはならない。僕は生態を理解しているのはベトナム人しか居ないので、ここではベトナム人の事だけいうが、「順調に進めているのだから報告する必要は無いだろう」と彼らは思う。「連」の連絡は世界の誰もが必要な範囲で行っているので、当たり前のこと。「相」・・・年齢に関係なく競争に曝されている世界のビジネス界で、上司にあたる人物に「相談するか」どうか。ここが日本と大いに違う。半年以内に退社し、競合社にコンバートするかも知れない上司。1年以内に自分が彼の上司になるかもしれない社内競争関係。

日本はともかく穏やかで上品な文化が人間関係を覆っている。親や兄のような上司たち。人生、あくまでこの会社でやっていきたいと思わせる親爺社長。こういう環境では相談はとても有効だ。秩序が整然としていて、上意下達が明解だ。もちろん、現在の日本の企業社会で、このような「昭和な」世界は大分縮んでいるだろう。だいぶ、変化した面も多いだろう。でも、事業部制にしても年俸制にしても80年代からのバブリーな雰囲気の中で盛り上がった「改革」は大抵失敗に終わっている。前にもブログに書いたが、アメリカのエクセレントな良質企業は、日本の終身雇用の制度を改革したような「安心」「忠誠」を柱にした雇用体制に変えつつある。こういう企業では「報」も「相」も有効だし、実行される素地が大いにあるだろう。

ベトナムの二人のベテランビジネスウーマンを例にとって論旨をまとめたいと思ったが、どうも左右に揺れて、まとまりきれない。結語として、言っておきたいのは彼らには、身内の僕らもサプライズさせる行動とアイディアがあり、瞬発的に勝利できるパワーを秘めているということだ。「立ってる者は親でも使え」のような総動員で目的に向かう決意。そして、バブリーな雰囲気があるベトナムだけれど、まだまだ「お金だけでない、意義とか面白さ」を楽しむ面々が居るということだね。面白ければ友人誘ってパッと行動。昔の全共闘っぽい感じかな。そう言う人たちがベトナムの今日、明日の主導権をとったとき、ベトナムは国として、社会として更に大きなうねりがはじまのだろう。でも、彼女らは、自力でもう社会の中心の一歩手前まで来ている。期待のアラフォーである。そう言えば、彼女ら、子供はいるが独身だ。

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