2012年1月11日水曜日

今日は02クラスの卒業式だぁ!おめでとう。

■写真 急な椎間板ヘルニアで、顔をしかめている僕を囲んだ元気なサムライたち。

僕はオートバイや車の往来激しい四つ角の一角で「卒業証書〜!、ズン殿〜っ!、貴殿は、当ハノイ日本アカデミーにて優秀な成績を収め・・・」とヘルニアで腰痛かったが立ち上がって、大声で読み上げ衆目があつまる中でズンくんに卒業賞状をで授与した。「優秀な成績」のところであははと笑う周りに陣取った8名の02クラスの仲間たち(去年2月にスタートしたほぼ日本語ゼロ状態であった学生たちのクラス)。でも、緊張したのか真面目な表情で受け取ってくれたズン。最近、授業に来ず卒業式には「出ずらかった」ので、ランチ宴会になってからやっときたズンくん。まあいいさ、責任者の僕が渡したんだ、責任は僕に在るさ。ズンには至急に再上昇していく個人的学習体制を取ってもらわなくてはいけない。4,5月には良い会社にいけるよ。心配しなくともいいさ。
それにしても級友のティエンが、わざわざこの四つ角のBIAHOI(黄色いイスの)まで、卒業証書を持ってきていて、奴が現れる時に「阿部先生、よろしくお願いします。ズンのです」と有無を言わさず、僕に押しつけた。ちゃめっけと言うか友情というかいいね。で、僕はうへ、と思ったが、ズンが近づいてきたので「よっしゃー」と即決して、痛い腰を上げ「証書」両手でもって、彼の神妙な顔に向け、満員のお客さんや店員が見つめる中で騒音にまけないように声を張って読みはじめた。


宴会たけなわの中程で、日本語中位の良い方のカインが僕の隣に来てこういった。「先生、ありがとうございます。僕は学習について行けず、去年の5月頃はやめようかなあ、と思ったりしていました。でもそのころの阿部先生の企業論授業で、自分の人生のドアーは、自分で開けるんだ。自分で開けるしかない。とおっしゃって、とても感動したんです」という。嬉しい話だが、具体的には覚えていない。そして「その後、がんばりました。まだ就職決まっていませんが、暗い気持ちにならず、日本語維持してなんとか春には入ります」と堂々たる日本語で、僕に言った。僕は思わず「うるっ」ときた。教員の喜びってこういう事なんだなあ、と改めて感じた。同時に教員のひとことひとことは、気が抜けない。慎重に言わねばならない、と言うことも改めて確認して胸に納めた。彼は例年であれば、ほとんど就職採用okのラインを超えている、確実ね。カインくん、がんばろう。もう一踏ん張りだよ。君はキャラもマスクもいいし、まあ、じっくり良い企業をねらおうね。


本日10日は、前からの予定で02クラスの卒業式だ。大げさなことはして上げられないけれど、4階教室で、僕とブオン社長と石岡教務部長と、それぞれの挨拶あって、卒業証書の授与。ズンが来ていないと、司会者。通常の日本語学校なら、この8名クラスで下位の2名ぐらいは卒業させないのかも知れない。日本語の成績だけを見ればそうさ。でも、日本語学校で無く、ベトナム唯一の「就職支援校」としての経験では、日本本土の会社に採用される人物のポイントは、日本語だけでは無いことは明白だ。正社員として10年もがんばる人物の評定に於いて日本語は必要だが絶対条件ではない。最近の傾向ははっきりしている。数学、物理などの基礎学問がしっかりしているかどうか。

また、外国である日本で能力を発揮できるのか。組織の中の協調性は?リーダーシップは?・・つまり、日本人の大卒新卒を採用するポイントと大きくは違わないんだ。煎じつめれば人物中心の判断と言うことだ(もちろん企業によって、そのポイントは大分ちがう)。人物におもだった優劣はない。日本語低位でも、積極性やクラスを和ます主役を演じれる人物は、面接企業のタイミング良ければ、即採用の可能性高いね。日本語の上下でだけで成績を云々出来ないのが当校のむずかしさであり、面白い所なんです。当校は聴解と会話・ディスカッションに力点置いているので、日本語総合成績下位のズンであっても、良くしゃべれる。上手いんです。

ハノイ工科大の大学院出て日本語ダントツのタン君のギターで、「青年よ、がんばろう」風な応援歌をみんなで歌って、さあ、BIAHOI(大衆飲み屋)でランチだ、行こう。まだ11時だけれど、行こう。と言うことで、僕等も教室を出て、BIAHOIに向かった。見上げると空は、珍しく一部だが大きく青空を見せていた。

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