2011年3月27日日曜日

★ 彼らの尊い義捐(えん)金 が集まった。/ 復興省はこの際、 孫さんで。復興革命だぁ!

■またすぐにハノイに戻るのだが、2週間ぶりぐらいで、戻った。少し緊張気味に帰国した。ハノイも何故か今年はテトも終わって1ヶ月半も経とうとしているのに、異常に寒かったが、成田に着いて、こっちの寒さはただならない寒さで、本当に珍しく一気に風邪引いたようだ。熱が結構在るようだし、痰が際限なく出てくるし、おまけに肋膜の周りの筋肉が咳のたんびに大いに痛い。だから、当校のスタッフたちから預かった義捐金のこと、帰国して早速その日(25日)に書こうと思っていたがこの風邪の所為か、帰国して日本の被災の深刻さがハノイに居るときと全く桁が違いなので、書くことに往生してのことなのか、判然としないがまったくブログが書けずにいた。でも、日曜の内に書こうとPC開いていたら、NHKのBSで岩崎宏美35周年プラハ公演のドキュメントをやっていたので、35年前のフアンとして彼女の懐かしい声と品の良い話し方を見ていたら少し元気が出てきた。チェコの一流なアンサンブルとの共演でなかなか良い。51才にもなると容色は一定後退するし、透明な音声も変容を強いられているが、そこはフアンの僕だもの、昔の麗しいお顔と声が自然に被さってくるので、完璧に聞こえたよ。

と言うことで、書き始めたが、昨日の「ハゲタカ 六部作」全部を偶然見た話しもせねばなるまい。このブログでは、既にシリーズを2度見た事は書いている。大体テレビドラマで3回も見るなどと言う労苦を甘受できる作品など在るわけ無い。僕も好きで3回見たわけでないのだが、偶然が付きまとって見る羽目になったに過ぎないと言いたい。昨日だって、まったくたまたまBSにチャンネル廻したら、第一作目が始まってところで、すぐテレビの地デジ番組表見たら一気に今から6本だという。一瞬、僕は多分困った様に「うっ」と言ったはずだが、結局作品の力に引っ張られて6時間テレビ前に座して見た。やっぱーいいね。この「ハゲタカ」。名作の部類に入るね。前にも触れたが麿赤児の息子の大森南朋とかいう主役の青年、いいねえ。また松田優作の息子も役者としてなかなかだね。で、音楽も良いね。エンヤのような、でももっと東洋系かなあと聞こえる女性の歌(というより音声と言った方が良いかも)が主役鷲津の屈折した心象に深みを与えている。ただ、これ見ていて、風邪が僕の体内で更に猛威をふるったのも事実さ。

テレビ繋がりで、これも言っておこう。「白洲次郎」のドラマも今日BSでやっていて、これも一挙に全3回分見た。司馬遼ものとか、この白洲ものなど流行物が嫌いな僕は、この番組自体の在ったことは知っていたが、今年は大半がハノイに居たこともあったし、このタイトルを無視していたので忘れていたわけだが、今日たまたま、NHKBSでやっていたので、4時間ほど使って全部みた。原田芳雄の吉田茂がいいねえ。正子役の中谷美紀も悪くない。白洲次郎という人物は予想通り鼻につく貴族趣味野郎で、うんざりだが、戦中から戦後にしかるべく存在した希代な自由人であったことは認めないわけにはいかない。被災に直面すると誰に言われるのであろうか、おそろいで作業ジャンバーを着て記者会見して(現場には行かず)深刻な顔を並べ曝している今時の俗世の代表挌である政府首脳部や東電幹部とは180度違う人種であることは明確だ。

一日テレビばっかり見てるがばれてしまうが、深夜というか、朝まで「実録ドラマ・グリコ森永事件」をまたまたBSで見た。ドラマでここまで現実というか設定をリアルにした日本のドラマは見たことがない。読売と毎日のこの事件の担当記者が実名で、それ以外の警察幹部も実名で出て来たのだ。驚いた。警察の失態も新聞社の特ダネの「抜き」争いの実態も露わに描かれる。通常日本のドラマは新聞社名は「毎朝新聞」とかでわざとフィクション性を表に出し、作品の法的(名誉毀損など)な防衛線を張り、トラブルを避ける傾向が強い。権力に及び腰なのさ、テレビ屋は。ところで、この事件は早稲田の親しい先輩であった週刊誌記者の宮崎学が、その件で「キツネ目の男」としてマスコミの表舞台に登場し、さらに作家として打って出て開花したのが、僕にとっては事件であった。ヤクザなタイトル「突破者」がデビュー作だ。覚えていますか?

★  義捐金(■33の続き)僕の今回の帰国で一番重要な仕事は、実は当校の女性の部長であるゴックさんが呼びかけて、学生からベトナム人職員、日本人教員までの全員の賛同を得て、集めた義捐金を然るべき所に、お届けする事なのである。僕にとっては緊張するほどの大きな使命だ。僕や日本人教員の4名は当たり前としても、やっぱり当校に面接に来た学生始め当校の通学学生11名が厚い志を示してくれたんだからね。これ以上嬉しいことはないです。一生懸命の若者たちの優しい心に感銘を受けました。

更にベトナム人の職員の誠意がすごいので正直驚いている。皆さん、決して豊かではないのに、ある一人は貯金を下ろして家族と共に約1000ドルを出してくれたのだ。また、やはり家族として約220ドルとか約380ドルも提供してくれたスタッフや関係者もいたのだ。本当に頭が下がる。そいう具体的な優しさはベトナム人の心の何処から出てくるのであろうか。ベトナムは工場労働者の月給が100ドルの社会だ。慎ましくなら100ドルで若者が一ヶ月生活出来る社会なのだ。だから100ドルの価値(感覚)は日本と全く違う。つまり、ベトナムではもの凄く大きな金額ということなのさ。結果、今回のゴックさん中心に動いた志の合計は12万7840円となった(合計が変更:為替1$76円)。学生11名と職員15名(ブオンの友人1名のも含む)の日本の復興を信じての総意の合計です。僕が言う立場ではないのも充分承知しているが、うれしいなあ、皆さん、大きな金を本当にありがとう。日本の被災の事を深く考えてくれてありがとう。

僕が仙台出身であること、仙台出身の教員もいることもあり、方向としては仙台か石巻か南三陸町あたりの子供たちに関係するところに寄付することになっています。で、仙台二高の同窓の幹事である庄子友康に相談したら、今すぐなら自治体に相談して提供可能だがグロスとして活用されるだろうし、個別の相手を探すなら、もうしばらく待っても良いんじゃあないかという仙台現地の意見ももらった。お届けしたい食品の物資も少しあるので、僕も体調がなおったら、仙台に行こうと思っている。このことはまた報告する。

★ 《復興革命だ!!》政治にはほとんど幻滅してるので、何も言いたくない。人間として情けないことをテレビやインターネットを通じて毎日知ることも多くて、本当に暗い気持ちだ。
1 福島原発の復旧とはなんだ。復旧はいらないんだぜ。終止、廃止、即「石棺」にするんじゃあないのか?直してまた使うつもりがある「復旧」は、論外だと思う。復旧して、冷却してから石棺なら仕方ないが・・・。本当か?奴らは信じられないからね。
2 週刊朝日によると保安院とかいう産経省の部局の福島の常駐者は7名いるらしいが、事故後避難してしまい、全員1週間は現場に不在であったと言う。本当に情けない。日本を信用してくれている世界の皆さん、済みません。恥ずかしいです。

3 「福島50」とか言われる「突撃隊」や作業の400人は誰なのか、足を被爆した3名は、誰なのか?氏名どころか、殺人者並に「青ビニール遮蔽」だ。長靴も履かない管理はなぜなのか。ここで働いている皆さんは、ほとんど下請けの下請けの作業員つまり、派遣や日雇いの「原子力の知識を必要としない」労働者だと思われる。これも週刊朝日の情報だが、事故後すぐに作業員が当然のように激減したわけだが、日当を3倍つまり5万円にすると言うことで、作業員から突撃隊を募集して、作業を「させている」ということだ。本当に悲しい。そこには東電やメーカーの日立、三菱の本社の正社員は誰一人いないはずだ。

テレビに作業服着て説明している副社長始め広報の幹部らは、この事故を誰も自分の事であると認識していないかのように感じられる。顔とか話し方がそれを表現している。危機管理の対応のマニュアルすら読んだことが無いようだ(読んでいれば、もっとまともに誠実な顔を演出するはず)。日本の企業の組織の悪い側面が如実に表れている。恥ずかしいことだ。日本人の仕事に対する責任感は何処に行ったのだろうか。日雇いの常連の中高年や若い作業員たちに作業を押しつけている(ざるを得ない)システム。いざという時はこういう対処、つまり、知識のない孫請け会社の作業員を主に動員して対応させるという事は初めから決まっていたはずである。たぶん暗黙の決定は前からあったと思う、東電の本社幹部と福島原発の中堅役職者たち同士でのアイコンタクトでね。悲惨です。卑劣です。差別が露骨で無惨です。

強い放射能と放射線物質が猛威をふるう現場で黙々と泊まり込みで指示通りに作業する彼らがあまりにも可哀想です。悲劇を超えている。1億円とか数千万円の退職金を得て、さほど遠くないタイミングを見て退社するだろう社長とかテレビに出ている2名の副社長と違い、実質日雇い雇用の大半の作業員たちは安定雇用や健康の保証すらがままならない契約条件のもとで、数年後に何十人もの作業者は死病を患うだろう。無惨だ。いま何を語ろうか。
このようなシステムには、人間の暮らしや人間の顔が見えない。見えるのは人間の顔を真似た鬼の顔だけである。

4 僕の萎えたこころでは、何も主張したくないのだが、力を振り絞って提案する。復興省を作るなら、ソフトバンクの孫社長に大臣をお願いするしかないと思う。東北には自動車産業関係の大手企業工場だけでも1000社、年間の売り上げでも1兆円のすその産業網が広がっていて、言うまでも無く一大拠点であったのだ。そのネットワークがかなりズタズタにされた。従って、復旧ではなく新しい構想に基づいた復興でなくてはならない。世界基準であるSPEEDI基準では、安全なエリアは30キロの半径ではまったく収まっていない。宮城の南部地域も含む蝶々の羽のように汚染が拡大しているようだ(西部の内陸部は、逆に20キロ半径で十分な様だ)。一言でいえば、政治と東電の原発政策によって、福島の優良な漁場であり、美しい海岸もあった「浜通り」地域一帯をほぼすべてを失った。おそらく、数年から100年ぐらいは使用できないだろう。それだけではない、僕の故郷である宮城県、そして岩手県も海側は壊滅的な状況だ。「風評被害」も広がるだろうし農作物、海産物全体の産業を考えれば東北全体の復興の強くて大きな構想が必要だろう。その構想の大きさと迅速さに耐えられるリーダーは誰だ。誰が出来るか。

僕は若い天才的な実業家孫さんしかいないと思っている。いま、バランスが取れたリーダーは日本に他には居なそうだ。まあまあが得意の日本にふさわしく、まあまあの先鋒や中堅は強いが大将が見あたらない。もう、孫さんしか居ないんじゃあないか。孫氏の兵法を発揮してもらうのが確実で早い気がする。また、韓国籍の彼は多分大臣になるのは法的に無理だと思うが、超法規も含めて対処することで、”ついでに”日韓の距離も一気に縮める方策でも在る。確かにこれは思いつきだが、民主党の内部で人材は無理、問題外だからね。いま(29日)、テレビで津波の被災地でアルバムを見つけて涙している家族を報じていた。もう、思い出は汚れて破損したアルバムにしかないんだ。本当にお気の毒です。こういう事態の細部も理解出来る苦労や貧困も経験している人物でしか解決し得ないように思える。復興省は東京に設置してはいけない。仙台あたりが良いだろう。現場に近いことが必須だ。僕はツイッターもFACEbookも面白半分で会員になっているけれども、よくわからず、使ったことがない。誰か若い人々よ!孫さんを中東革命ならぬ、日本の復興革命のリーダーとしてFACEbookとかで押し上げてくれないかなあ!
被災の皆さんの希望する新しい郷土はやがて出来ていきます。力強くじっくり行きましょう。ベトナムのちいさな個々人でさえ、あなた方に愛を発信しています。そして、世界からも愛がもっともっと届けられましょう。

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