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2008年11月18日火曜日

ベッドの上で冷静思考

闘病の記など、誰も読まないだろう。それも、私信だしメモだし、だから気楽に書ける。不整脈も喘息もキャリアは30年になる。機動隊に追いかけられた時に一度激しい不整脈が記憶にあるので、こっちのほうが先輩だ。今回は徹底治療で行こう。1973年、1998年(多分)に続く喘息3回目の入院となる。今回は不整脈が主因だから、同一ではないが医者に言わせると、相互関係ありで、中途半端な考えに基づく生活続けると、「死ぬ」と脅された。
親父、今94歳、母85歳の家庭で育ってる自分の自信から「まあ、わかりました」と軽くいなす。が、内心本気さも湧き上がっ来たのも事実だ。VCIの学校の完成という計画もある。新しい家庭を幸せにする義務もある。現在の事業をさらに「止揚」する夢もある。そう早めに”さらば”ができる立場にない。わかりきったことだ。ハノイの本部校にはすでに8名の日本人教員と総務系スタッフ10名が毎日、ベトナムの優秀青年の自己実現をアシストすべく、授業やアドミワークにと全知を使い快走している。ぼくはベッドの上に胡坐かき、パソコンたたいて、完治待つ。

いま、何とドストエフスキーの「カラマーゾフの兄弟」を読んでいる。ブログで公開するになんとふさわしいネタではないか。10月の後半朝日新聞に亀山郁夫さん全翻訳の「悪霊」と「カラマーゾフの兄弟」の全面広告があり、すぐ本屋に行き購入した。全面広告のパワーの所為だと思うが、以前から読書界では、亀山さん(東外大学長)訳のこの2作品は話題であった。10年前の長谷川宏さん訳の「ヘーゲル の歴史哲学講義」「精神現象学」の話題と共通していよう。意趣は違うが、千年を迎えた「源氏物語」の円地文子訳に代わる瀬戸内寂聴さんの現代語訳本、橋本治さんの「平家物語、徒然草 」など、現代語訳の話題がおおい。今の言葉でわかり易くしたというのではなく現代に原点を活かす志向が作家に強まったといえるのではなかろうか。

その広告を見た瞬間、読みたいと体が欲した。「悪霊」は1969年秋に一気に読んだ、娑婆じゃあないところに居たおかげで、邪魔もなく、中断もなくね。その後「カラマーゾフの兄弟」を読むか「資本論」か、プルーストの「失われた時を求めて」を 読むか迷った。馬鹿な迷いだが、そのころの気鋭の青年であれば、別に珍しくはない。特に全共闘運動にかかわっていた前衛気取りの文科系の学生の多くはぼくも含めてロブグリエだとか、ビュトールだとか、ラカンやル・クレジオだとか、ポピュラーなところで、サルトルだとかの難解狂であったので、最難関プルーストもチャレンジしたかった。で、友人からの差し入れあったので、「カラマーゾフ」をめくり始めた。
ところが、一巻もいかず、半分程度で沈没させられた。つまり、情けなく撃退された過去があったので、今回は「まあ、復讐戦」て言うことで、10月末のハノイ行き機上から、読み始めたわけだ。到着してからも帰国してからも「再チャレンジ」どころか、お飾りにもならない体でぼくの東京のオフィスの机上の書類に埋もれていた。だから、今回の入院は読みきるにチャンス。チャンスと軽く言ってしまうと「関東大震災が起きるとチャンス」といった正直兵庫知事のいい回しに似ちゃうが、軽さは同じようだ。17日月曜にスタッフに持ってきてもらっても、まだ、94ページ。24日退院まで一巻がいいところだろう。5巻目はいつになるのだろうか。そのころは今より言葉の滋養はつくだろう。

本をオフィスから病院まで持ってきてくれたスタッフのPちゃんは、本名PHUONGさん、ハノイ貿易大学の日本学部で優秀成績を収めた才女で、お兄さんも東工大にいる。ハノイの当校で、学生時代アルバイトをしていてくれ、周りの日本人先生からも信頼厚い。10月に渡航してきて日本語学校で最後のブラッシュアップを試みている。来年一橋大学あたりを考えているようなので「やめとけ、一橋で経済やっても、躍動感ないよ、大体ぼくの周りにいるベトナム人の文系学生はみんな一様に「国際経済」だ。経済は社会の基盤・下部構造とマルクスはいってるが、それはものの見方のひとつに過ぎない。
また途上国を背負う青年たちの責務感はわからないでもないが、せっかく日本が好きで好きで来ているんだから、いまや世界への日本の代表的輸出品のコミック、映画、アニメ、浮世絵、歌舞伎、相撲、日本の里山、洗練された観光、「もったいない」、環境技術、天皇制、小さな神々、建築、デザイン、テレビ・・・など、おもろいことや専門的に学ぶことはいっぱいあるぜ、とけしかけている。彼女は英語も巧みだし、聞くと、音楽や美術が本当は好きだという。
24日退院予定。25日はハノイに。さあ、直すぜよ、きちんと。

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