2008年11月3日月曜日

赤塚不二夫先生のこと

11月1日土曜に民放で赤塚先生の追悼番組を見た。赤塚さんはこの10年近く寝たきりで意識があまりないような症状の中で、最後の生を燃やしてきたと伝えていた。赤塚さんが亡くなった8月2日の数日前に一度目の奥さんも偶然に亡くなられたようだ。さらに秘書時代から一貫して、先生を守り、倒れた後は意識のない先生の病床で献身的なお世話をされた二度目の奥さんである真知子さんも数年前に脳溢血で亡くなられたと伝えていた。

追悼番組としては、不可もない構成であったが、天才の生涯をテレビでドキュメントするには無理があった。今から、27、28年前、先生とはプロデューサーと監督という関係で2年間ほど、共同で仕事をさせていただいたことがあった。ぼくは東映を辞めて個人会社を作り、コピーライターやイベントプロデューサーをやっていた70年代末で、映画狂の先生とビデオ作品を数本作成し、しょっちゅうあちこち飲み食いし、映画を論じた。何にも代えがたい幸せな2年間であった。一口に天才というのは簡単だが、赤塚さんは、簡単には語れない。誰にもまねできない破壊力とスピード感以外にどこか孤独で、刹那的であった。一生懸命ふざけていた感じもないではなかった。

そのころ昼間からアルコールに浸っていた時代であったからそのように感じたのかもしれないが、笑わせるためには、ご自分の肉体の破壊もいとわない姿勢を一貫させていたように思われる。亡くなられた第一報はハノイにいたぼくに九州の息子からskypeで伝えられた。亡くなられた8月2日の夜であったと思う。7日のご葬儀に間に合わず、帰国後9日にご自宅に弔問した。
久しぶりにお伺いした下落合のご自宅兼仕事場は、内装が大分スッキリと変わっていた。現在、フジオプロの社長である娘さんもどなたも居られなかったので、アルバイトとおっしゃるお若い方のご案内で
祭壇に案内され、お焼香をさせていただいた。

30年前、この部屋で、先生と映画を語り、アイディアを練り、真知子さんの出したビールを頂き、菊千代(仰向けになる猫)と遊んだことを思い出した。手塚先生はじめトキワ荘での若き漫画たちとの交遊やタモリとの出会いもお聞きした。糸井重里さんや、たこ八郎さんを紹介していただいたのも先生でした。そういえば、僕を赤塚先生に紹介してくれたのは、天才写真家アラーキーさんであった。
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・2009年1月 「ジャクリーヌ・ササールとかBB(べべ)とか」
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・2010年12月 映画「ノルウエーの森」の失態
・2011年1月 「お笑いの山崎邦正のベトナムアルバイト」
・2011年3月 メイドインジャパンから「Made by JAPANESE」の時代認識へ
      3月 「大震災をベトナム人は語る」
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