2010年7月31日土曜日

「天皇の世紀」ハノイで読む

日付は、7月31日となっているが、実は今日8月4日である。
■世の中にはいやな奴がいるよね。いけ好かないという奴だ。古くはジャンボ尾崎。その後は柔チャン。田村で金、谷で金、ママで金の御人だ。今度は参議院議員で金を狙っているようで、いちいち鼻につく。こういう毛嫌いはよくないと自覚しているが、生理的に如何ともしがたいものがあり、「これぐらいはいいだろう」と自分の老人わがまま症を許してる。で、最近のいやな奴ナンバーワンは、なんと言っても「ワタミ」の渡邊美樹だろう。次は介護だ、学校経営だ、さらに政府の委員だと、へらへらしゃべってる。奴が「居酒屋つぼ八」でのし上がったドキュメントをだいぶ昔「東洋経済「で読んだことがあった。当時はまともな青年という印象であったが・・。だいたい、テレビの番組で何か意見をいっても、音声の出し方からして軽々しいし、内容はというとこれまた平凡、床屋談義レベルの意見だし、どこが良くてNHKあたりもコメンテーターとして招聘するのだろうか。「夢に色つけろ」だとさ。「夢に日付つけろ」だとさ。よしてくれよ。NHKもしっかりしてほしい。

■海江田万里。僕の数少ない政治家の知人の一人だ。彼は慶応でフロント派で学生運動をしていた男で、同じく慶応で中核派で活動していたかつての僕の上司であったA・M社オーナー河村氏から、30年前に紹介されてからの知り合いだ。その後、縁あって時々は彼のための協力もしてきた。今から10数年前、ベトナム航空機がカンボジアで墜落して、ホーチミンで南蛮亭を営んでいた僕のベトナムでの盟友高野くんも巻き込まれてしまった時、葬儀にて格調高い弔辞を念じたのも海江田だ。その彼が管さんに対抗して、9月の民主党大会で出馬して党首・首相を狙うという。何を考えているのだろう。全く、世間や世界の中の日本について熟考していないというか、冗談としか思えないぜ。確かに参議院選挙以降、管氏は最悪だ。こんなに彼は政治的センスが悪かったかしら・・とため息が出るほど、非道い歩み方だ。特に「国家戦略局」を事実上廃止するなんて、僕のように海外の仕事に専念していて、”日本のアジアのなかのプレゼンスが急落下している現実”に対峙している人間からすると、本当に裏切りだぜ。東京工業大学で、中核派の邪魔をもろともせず、独自のベトナム反戦の市民運動を行っていた御仁の構想力は何処へいたのか。だいたい、荒井なんとかという、どうしようもない面(つら)の男を戦略局担当大臣に据えたときから、心配していたがね。

まあいいや。そういう管の現状だから、海江田の気持ちは理解しないわけではないが、田中派の残滓の小沢を活用しての党首奪取は、方法論に誤りがある。もちろん、ご当人としては、敗北前提で拮抗し民主党の新しい首脳(都市部ネットワーク)に躍り出たいのだろうが、田中派と元社会党労組出身者の連合である小沢派を利用するのは、鮮烈な政治目的を堅持できていないからにすぎない、と断じざるを得ないぜ。海江田君、はっきり言って、都知事へのステップと考えているなら、今もっと世界に通用するメッセージを発してくれ。都知事とか、世界銀行総裁の道は、決して遠くないのだよ。今、松木だの、高島だの貧相バカ面の労組(ろうくみ)あがり連中と組むのだけはよしてくれ。国民が全く無関心の民主党政局に惑わされないで欲しい。たのむよ、海江田さん。

■ところで、NHKの企業買収の争闘を描く「ハゲタカ」は、傑作の連続ドラマだね。昨日の深夜の放映は再放送だ。以前、2年前にも見た。テレビドラマで同じモノを2度も見ているなんて初めてだね。スピード感といい、緊張感といい、心地よいね。銀行の非情で実は稚拙な体質。ハゲタカと言われる”前衛”の群れ。このハゲタカにしか資本主義の構造の冷酷さが理解できないのか。金の亡者と世捨て人の表裏。大森南朋がいいねえ。演技力は凄まじいと言っていいだろう。彼の親父の演技と舞踏は、数十年前に何度もテントの薄暗い演劇空間で見せていただいていたものだ。あの麿赤児だ。「ハゲタカ」は配役もほぼ同様で、劇場映画もあったようだが、今度NHKで放映するらしい。7日夜。残念ながら僕は在ハノイだ。

■書籍を本屋で購入するとき、僕はたいていワクワク感を味わう。大著の場合はなおさらだ。大佛次郎の幕末から戊辰戦争を描いた、そして彼の絶筆となった「天皇の世紀」を手にとって、その場で決めたので、出会いというか、選択のそのひらめきの確信のうれしさもあり、ひとしおの感がある。新しく刊行が始まった文春の文庫だが、約500ページもので12巻の大ボリュームだ。去年苦心しながらも充実した読書時間を僕に与えてくれたドストエフスキー「カラマーゾフの兄弟」(光文社:亀山郁夫訳)でさえ、各巻400〜500ページで5巻もの。あれに比しても、「天皇の世紀」は、大分なモノである。はじめ、荻原延寿の「遠い崖 アーネスト・サトウ日記抄」が有れば買おうとしていたが無い。所沢じゃあ、しゃーねーか、ということで、仕方なく長編大作が読みたいというだけで、本屋であさり始めた。山岡荘八の「徳川家康」に浸るほどまだ老人じゃあないし、円地文子、瀬戸内寂聴や橋本治の「源氏物語」は、まだ、どれを選ぶか整理がついていないし、やっぱー吉川英治の「宮本武蔵」にしようかな、とも思った。最近、新渡戸稲造の「BUSHIDO」と武蔵の「五輪書」も読んでいたからね。でも、何か吹っ切れないモノがあって、踏み切れない。よくその正体がつかめないのだが、どうも「極めた人」「達人」の心境に入り込むのが、僕の体質じゃあないんじゃあないか、僕の強い関心はどうも違うらしい。

僕が高校三年生の春にビートルズが来日した。法被着てタラップを降りてくる写真で有名な来日だ。若い人には信じられないだろうが、武道館公演に高校生を行かせまいと、特に東京の教育委員会は必死に防波堤を張ったのだった。田舎の僕らの仙台はどんなであったかは、よく覚えていない。でも、東京の厳戒態勢は、ロックは社会の害毒だと権力側が信じ込んでいたということをはっきり物語っていた。マスコミも文化人もあまり物言わぬ中、大佛次郎氏だけは敢然と「ビートルズ公演に行った。会場は騒がしかったが、イエスタディーは美しい。名曲だ」と朝日新聞の夕刊の文化欄に大佛さんの顔写真入りで、ビートルズを養護した。僕などは目頭に涙が滲んで来るほど嬉しかったぜ。僕は何回かその記事を読み返したモノだ。大人にもまともな人物がいると、この記事で初めて知ったわけだ。だから、17才の時から大佛次郎さんには、漠然とだが強い信頼を寄せてきた。信じられる希有な大人として。

僕の親父の家族が経営していた「仙台中央劇場」は新東宝ほぼ専門館であったので、鞍馬天狗はそこで大分見た。言うまでもない大佛次郎の作家としてのデビューはこの天下無敵の鞍馬天狗だ。勝海舟と鞍馬天狗がお堀に浮かぶ小舟に乗って、「江戸城の明け渡し」について会談をするシーンを今でも鮮明に覚えている。僕らは、母親から風呂敷をかり、頭巾をかむり何度鞍馬天狗を演じ、チャンバラを繰り広げたのだろうか。言うまでもない。役者嵐寛寿郎がいたから、鞍馬天狗も大衆化したと言っていいだろう。なにせ、通称アラカンは、東千代の助、中村錦之助、や裕次郎や、長島と王が、出てくる前の大スターであったからね。マンガのヒーローには赤胴鈴之がいたっけ。アラカンのエピソードが凄いよ。アラカンの付き人の嵐寿之助は、「ある時ドロボーに入られたが、“警察に届けたらあかんで〜、折角ゼニつかんで喜んでるのに、気の毒やさかい”という人ですからね・・・“他人のためには金は惜しまん、おのれは最低必要なものがあればよい”という精神、これ昔からなんですわ。神様みたいな人です。」と証言している、とものの本に書いてあった。大佛さんはこういう本物のスターも誕生させたということだろう。

さて、僕が67年4月に早稲田に入って学生運動というか、いきなりベトナム反戦闘争に関与し雰囲気とか体で覚え始めていて、しばらくしたら、まさにこの「天皇の世紀」は、朝日新聞に連載が始まった。僕は板橋や下落合、江古田あたりの3畳一間の下宿やら、友人の家々を放浪していたので、新聞を毎月自分でとっていたのは、限られた短期間に過ぎなかっただろうと思う。だから、タイトルを目にし、連載の存在は知っていたが読むことは皆無であった。それは当時の僕らにとって、やはりタイトルが理解しにくかった。左翼急進主義の観念に支配されていた僕らは肉体から轟音炸裂ような熱気振りまいてキャンパスや街頭の戦闘現場を闊歩していた風だ。だからそんな僕に「天皇」という文字の奥にあるものなど全く読解不能であって、拒絶的対応をしていたのだろう。だから、当時は「大佛さん、どうなってんの?」というような気分で、それもテーマが明治維新ではなく”昭和裕仁天皇の一代記”と思い込んでいたと思う。この無教養でバカさ加減も最悪だが、18、19才ぐらいで、日本帝国主義に打ち勝とうと傲慢に夢想していた頭と肉体だから、そのあたりが限度であったようだ。

30才のころ何故か続けて、山田風太郎「戦中派不戦日記」と大佛次郎の「敗戦日記」を同じ頃読んだ記憶がある。続けた意味は特にないのだとおもうが、二つの作品共に意識して8月15日のページをまず、一旦覗き、それから巻頭に戻ったと記憶するから、ぼくは、明治革命にしても、アジア太平洋戦争の敗北にしても、実は人と人の日常は変わらないのだということを、15日があれば次の日に普通の16日が作家やその家族たちにやって来ていたということを確認できて、ホッとしたことをはっきりと覚えている。
「天皇の世紀」第一巻を開くと、明治天皇の生誕と取り巻く古式な環境、続いて渡辺崋山と高野長英の誠実に時代と奮闘するがまだ時局に恵まれない不運な人生が資料豊富に描かれる。
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・2008年11月 赤塚不二夫先生のこと
・2009年1月 「ジャクリーヌ・ササールとかBB(べべ)とか」
・2009年5月 ゲバラの映画「モーターサイクルダイヤリーズ」
・     5月 カムイと名著「ベストアンドブライテスト」
・2009年10月「救うのは太陽だと思う」
・2009年12月「爆笑問題の失笑問題」・・・・・1日で1440のPV
・2010年1月 阿倍仲麻呂はハノイの知事である。
・2010年2月 MAC・MAC / 立松和平さんの死。
・2010年3月 「サンデープロジェクトの打ち切り秘話」
・2010年12月 映画「ノルウエーの森」の失態
・2011年1月 「お笑いの山崎邦正のベトナムアルバイト」
・2011年3月 メイドインジャパンから「Made by JAPANESE」の時代認識へ
      3月 「大震災をベトナム人は語る」
・2011年4月 映画「東京物語・荒野の7人・シンドラーのリストほか」
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