2012年4月6日金曜日

★中小のアジア進出に支援 朝日新聞WEB版4月6日


中小企業のアジア進出を支援 政投銀と双日が提携

日本政策投資銀行(政投銀)と大手商社の双日は、中小企業のアジア進出を支援することで提携した。インドネシアやベトナムなどで工業団地を営む双日の情報を、政投銀が地方銀行を通じて中小企業に提供する。進出企業には手続き面や資金面でも支援する。
政投銀が海外進出の支援で商社と提携するのは初めて。政投銀は昨年6月に「アジア金融支援センター」をつくり、地方銀行を通じた中小企業の海外進出の支援を始めた。双日と組むことで、現地の不動産や雇用などの情報を提供し、工場建設や現地法人の設立手続きなども双日といっしょに手助けする。地銀の求めがあれば、協力して融資もしていくという。
・・・まあ、いまさらのニュースでなく、「new」じゃあないけれど、加速がついてほしいので載せた。あと20数年で9000万人、40年後間違いなく日本の人口サイズは8000万人時代になる。でも「大きくない、過熱しない、落ち着いた国づくり」のチャンスでもある。下記に8000万人時代の構想を含めた「耕論」が、僕のブログに書いてあります。ご参照ください。・・・・・日付けは2011/3/13、まさに震災の二日後です。

 ★ 「Made by Japanese」の時代認識へ!

《8000万人時代のニッポンの地平》

■大分前だが、ユニクロのシャーツをベトナム人にプレゼントしたことがあった。そのとき、その友人はシャーツのタグを見つめてめざとく「中国製」ですね、 とのたまわったのだ。ユニクロは中国で大半を縫製し、商品化していることは解っているし、バングラディッシュでも始めていたことぐらいは僕でも知ってる さ。「ユニクロってさあ、日本の会社だぜ。生産は安いから中国で作ってるけれど、企画とか、品質管理とか、商品の責任は日本の本社。だから、”中国製” じゃあないのさ!!」といらだって僅か語気を強めて彼に言ったものだ。このことは大分前から気がついていたし、どうして表記を改善しないのかと思ってい た。国際ルールに従って生産地表記は当然だ。でも、その下か脇に「Plan byニッポン」とか「QC by 日本」とか、どうして明示しないのかなあと、思っていたよ。確かにmade in は中国の何処かさ。良いんだよそれはそれで、現実だから。でも、言うまでも無くもの作りというか、商品の生産は企画があり、事業計画があり、設計があり、 生産工程があり、品質検査があり、物流があり、マーケティング戦略に基づいて世界販売させる訳だよね。生産はもちろん一番重要なポイントで在るけれども、 全体の流れの中の一つに過ぎない。

タグ表記の「made in china」だけでは商品の全容を表現していない。商品の良さは、「企画から」、物によっては鮮度を保つ「物流まで」の全行程で「作られる」。そうである ならば、「made in japan」として誇り高い商品、ぜひそれを明示したい「日本製品」はタグの表記を変える必要があるね(タグだけでなく、梱包の段ボールも納品書など帳票 類も総合的に主張を戦略化すべき)。最良は全生産行程を解りやすく短文の一覧で記載することだろう。でも、そんなスペースがある物ばかりとは言えない。そ の場合は「made in 」の上か下の位置にはっきりと「made by Japanese」と明記すべきだろう。存在感や魅力の低落中の日本にとってこのような主張と誇りは、地味で事務的と思われがちな表記にもはっきり現すこ とによって、新しい魅力あるイメージを形成して行く必要があろう。「made by Japanese」は、かのベトナム人友人にも「そうか、生産地は中国だが、この商品は信頼のブランドのニッポンが責任を持って製造して世界に届けている んだね」と明確に認識させ、今後は、そう語らせる事になろう。

僕は、当校の優秀なエンジニア志望の学生を送り出すべく、多様な企画を考え実行して、そのために頻繁に地方に行く。どちらかというと東京より、西方が圧倒 的に多い。そのセミナーやイベント、また会合で良く質問されたり、主張を聞かされるのは「私たち中小企業がアジアに進出すると、国内に雇用の減少が確実に 起こり、産業全体に空洞化がおきるのでは」と言う考え方だ。だから、海外に行かずに地元で踏ん張るという。海外に工場が移転すれば、雇用は現実的に減少す る。まったくそうです。僕も全く否定しないさ。でも、後50年もすると我が国は8000万人台の国となる。明治の初めに3500万人の総人口であったこと をかんがえれば、それでもまだまだ小さくはないが、6000万人台で、現在の半数に過ぎなかった人口数でも高飛車で威勢を張っていた太平洋戦争突入時のサ イズに100年後には近づく。

つまり、100年ぐらい以前の大きさに縮小した国の大きさになって行くのは間違いないのが今の日本なのだ。ITの推進は雇用を減らさないという、ITや高 度通信領域サイドからの嘘っぱちキャンペーンが奏功して、あまり問題にはならなかったが、工場はロボット化して、インターネットで物流すらデータの移動の 代行される物も相次ぎ、20世紀の終わりから、産業構造が質的な変換を呈した。こんな環境の中で雇用が減らないはずがない。おそらく、20%程度は今まで の重要と思われていた仕事も消滅したはずである。しかし人類の英知で新しい雇用を生む分野が次々と起こり、具体的な減退は微少に見える。しかしこの新しい 分野の多くは情報技術に関係した分野であって、将来雇用は漸減すると見込まれる。ただし、コンテンツ大国日本はラッキーな事に、農業、観光、サービス、教 育、サブカルなどITだけでは処理出来ない優れた技能を伴った物に実力が備わっている。もちろん、職人技も含んだ「もの作り」が、これらの成長領域での筆 頭だろう。だから、結果この分野の拡大発展を志向すれば、雇用は人口減に比例して数字は低下するだけで、失業率が増える事にはならないはずだ。
つまり、国のダウンサイジングに合わせていくことになるので、過剰な「雇用問題の心配」は、無用と思う。観念的に深刻に不安を言ってもほとんど意味がな い。従って、「海外に活路を求めるべきでない」とする考えは、自社の停滞を表明するのと同意だ。この10年でさえ、もの作り企業は80万社から、60万社 に激減している原因を改めて考えて欲しい。

世界の富は公平に世界の人々が享受しなければならない。先進国と言われる「北」に富が集中し、CO2など後始末ばかり途上国に押しつけてはいけない。小学 生でも解る常識だ。その後進国であった時代から日本は「資源がない国」と言ってきた。僕らの小学校中学校の教科書にもはっきり記述されていたはずである。 反対に価値のある資源に溢れていた中近東アラブ諸国は、今は革命の風神が吹きまくっているようであるが、今まで数十年間に渡って力強い「石油の資源国」で あった。でも21世紀の現在、遂には石油の枯渇する日程も露わになりつつあったが、まさに彼らは社会的マハトとして気がついたことがあった。”石油はなく なりつつある。その上不毛の砂漠しか残されていない。でも待てよ。アラーの神様を拝んで天空を仰いだ時、「太陽の威光」というか膨大な太陽エネルギーに気 がついたのだ。今や石油資源国でなく、マスダールシティーをコアに太陽光エネルギー大国にアラブ地域は大きく変換しつつあるのだ。

アフリカからインドまでの赤道を中心とした途方もなく広大な「サンベルト」地帯と呼ばれている一帯に注がれる我が太陽のエネルギーはどのくらいか?想像出 来ますか。まさかなのだが、そのサンベルトに降り注ぐたった6時間の太陽光のエネルギーは、地球上の人類が今必要としている年間の総エネルギーと同量なの だぜ。途轍もなく凄まじいね。そういう意味では現在のアラブ革命はそのエネルギーのエントロピー的構造変化の第一段階といえるのさ。長くなったが、アラブ の賢人たちが青空を仰いで発見したような資源を日本人は明確に発見する必要がある。その資源は日本人の頭の中にある数十億個の脳細胞が形作っている「知的 蓄積」に求めるしかないようだ。この歴史的に培い蓄積した資源を活用する「世界一豊富な高度知識労働力を資源とした国」として自分の姿を発見すればいいん だと思う。戯れ言で申し上げているわけではない。世界に日本のプレゼンスを明確に打ち出せる資源は、個々人が持っている人間資源であるということだ。手垢 が付いていない言い方をすれば、どういえばいいか。携帯やPCに使用されているレアメタルを「都市鉱山」という言い方に学べば、僕たち日本人の資源は、 個々人が持っている歴史的にたい積している「東の辺境の記憶」だと言うことなのかも知れない。

技術や文明は高いところから、低位置にある社会に流れていく。ものの理だろう。ユーラシア大陸の文化と文明が東進して流れ、行き着いた先は東の辺境国の日 本だ、ここで行き止まったと言った方が解りやすい。もちろん、一部は止まらず北上しアリューシャン列島から、アラスカに。アラスカでエスキモーを残して、 一隊はアメリカ大陸に。ここでもネイティブインディアンを残して、南米アンデスへ。人類と文明は行進を止めることが最後までなかった 。その果てしない旅のエネルギーが日本列島にたまりに貯まったと理解すると、文明史は平明で理解しやすい。移動する人類的エネルギーが、日本列島に息づい ていること、最近の言い方で言えばDNAとして体内に宿しているということだ。さらに、日本列島には2000年も3000年もの文化的蓄積が幾層にもたい 積しており、僕たちの知のエネルギーとして個々に昇華されているわけだ。日本はそのような東端の集積地ターミネータであるのだ。本当にラッキーな話しだ ぜ。

日本は時期を見て世界からいただいた文明や文化のお返しをしなければなるまい。プレゼンスが凋落しているけれど成熟国の日本はそういう時期を迎えていると 言って良い。言うまでも無く、製銅や製鉄技術から稲作、漢字も仏教も道教も儒教も広大な大陸まで文明の行進を続けてきた多くの諸民族から、著作権も特許権 も主張や請求されることなく無償でいただいてきた。文化・文明の遷移さ。江戸時代以降でもオランダなどのヨーロッパ諸国から、明治以降は法制度はドイツ・ プロシアから、軍事はフランスや英国から、重商主義的また後半は資本主義的方式に則って手に入れてきた。戦後は戦勝国アメリカから彼らの戦略的施策の散布 に手名付けられ、臆面もなく新しい文化や技術を享受してきた。そして戦後「安かろう、悪かろう」の時期を経て20年で敵国アメリカ帝国主義に追いつける位 置につけ、その後の20年で、つまり1980年代でほぼ同等の「経済的」位置にこぎ着けたと言って良いだろう。福沢諭吉は福翁自伝の中で「江戸時代にアメ リカのペリーが黒船で日本に来てから、たった7年後には、日本人だけで咸臨丸は太平洋をわたった。黒船を見てから航海術を学習し、アメリカに行けるまで たったの7年でやり遂げる日本人の好奇心と探求心そして勇気は特別な物だろう」とね。その土壌がいまも在るはずなのさ、この社会にはね。この土壌の掘り起 こしが、日本の新しい資源の発見となる。僕たちは文化のターミネータとしてそれらのたい積していた資源を掘り起こせば、ニッポンは全く新しい資源国になれ る。

だから、僕たちの社会の中にあるその文化的土壌を考えると生産拠点である工場は広大な土地がある国に移転して良いのさ。問題ないと言うことだ。生産はお願 いしてその現地の従業員の産業的な教育や技術教育、企業人的な教育は日本が受け持てばいいのだよ。そして互恵的に豊かさを創造して行ければ良いのさ。それ は中国でもベトナムでもバングラディッシュでもアフリカでもいい。頑張る人民がいるところに行って、相互に幸せを追求できればいいんだ。内需外需の区別は 既に溶解しつつある。国内外という物の見方すら曖昧になってきている。特に高度情報社会のいま、途上国と互恵的な協力無しに豊かさを手にする事は双方に とって困難だろう。これって新手の大東和共栄圏じゃあないぜ。新しい帝国でも無いよ。サイズが縮小する日本社会の方向性を試論しているだけさ。日本は安全 な食と農の国になろう!日本はもの作りなどの産業技術を教える教育と学校の国になろう。美しい自然を世界の人に楽しんでいただく観光大国目指そう。アニ メ・まんが・ゲーム・「かわいい」「COOL」などのサブカル大国であることに目覚めよう。気配りの世界一のプロとしてサービス王国になろう、また「もっ たいない」概念を世界化した環境提案国を更に深化させようぜ。こう言ったときに必要な考え方が「Made by JAPANESE」なのだろうと思う。東 の辺境ニッポンから、文化や技能、技術をお返しのつもりで途上国に遷移させ世界中で活用される時代に、日本は久しぶりにプレゼンスを回復出来る。でも、福 島の原発が崩壊しなければ、ということが総ての前提となる。・・・耕論として一気に書いたので論旨が散漫、近日整えたい。
2011/3/13

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