2011年5月12日木曜日

ベトナム人と計画性

またまた、面倒で生原稿を持ってきた。仮題「めざせ、サムライ!日本語SAMURAI」の原稿さ。現在ベトナム語に翻訳中。
第三章四項の2 「計画はきらいですか?」
18年もベトナムのいろいろな階層の人々つきあっている。総じて言えることは、「計画」というものに関心が無い人が多い。計画が苦手というより、計画というものは大して意味がないと思っているようにも見えるね。確かにいろいろな客体的な要素で成立させた計画は、自分に関係ない客観的状況によって、どんどん変化する。変化すれば、計画も変更をしいられる。だから、あまり計画にこだわりたくないと思うのであろう。それはわからないでもない。

君らと反対に日本人は計画が大好きなのだ。何をするにもすぐ、計画を作り始める。正確に言うと「計画書」作りが好きなのだ。
一般的に僕らの言う計画は「1:期間、2:費用、3:事業の内容の詰め」 という3点だ。この3点がどうなるのかを現在の時点で論理的に想像し構築するのが計画というものだろう。とくに3は、事業の内容を構成している客観的な要素が多い。わかりやすく言うと、他人や他社と絡んでいるわけだから、自分ではどうしようもないことが、突然起きることも多い。そこが変更になれば、当然1が変わる、普通は期間が延びてしまう。そうすれば、2も、大きく変わってくる。そんなことは、百も承知だけれど、日本人は会社や、役所の中で予算を確保するために、時によっては「形式的に」事業計画を作る場合さえ在るのだ。計画書は、心の安心材料と言っても良いかもしれない。

それに比べて、ベトナム人は一般的に、そのような変化があるから、特に計画書を熱心に作ることは意味ないんじゃあないかと考えているように、日本人の目には映っている。だから、積極的に計画「書」は作らない人がおおいね。

ここは比較文化論のページじゃあないので、話を戻す。この「日本語を学習する計画」の場合の3は、他人とか客観的な要素がほとんど無いと言っていいだろう。問題は、自分だよ。自分が決意して進めていくだけの計画書なのだ。自分の意志が弱くなければ、ほとんど変更はない。だから、この1年間の計画を立案することは意味があるし、十分に可能だと言うことさ。計画書は実は自分の決意の書なのだ。

第三章四項の3 「目標」をたてることから
計画作成の第一は、自分の目標を立てることだ。
第二に、期間を決める。ここでは、1年間が良いだろう。
第三に2ヶ月とか3ヶ月とかのSEGMENTに分ける。三段跳びのホップ・ステップ・ジャンプと同じだ。階段を作って上がっていくといっても良い。ここでは3ヶ月ずつにSEGMENT(分ける)して、1年間を4段階に分けて、それぞれに主力の学習テーマと、短期(年を4つに分けた3ヶ月分の))の目標を設ける。そして、その分けられた4ステップの短期目標と成果を比較して、評価をすることが重要で、基準を満たしていないものを次のステップで、どのように扱うか。ここが肝心である。
断っておくがこの計画は、自分の自習用である。日本語学校を選択する際にその学校の計画のあり方をチェックする時にも使えるぜ。
当校は、こういうセグメント方式をとっている。

上記の4つのステップのそれぞれの中身は、たくさんのアイディアや、成果の上がった方法があるが、ここでは、割愛しておこう。当校スタッフがあんまり開示してはいけません!!とうるさいからね(笑い)。教科書の選択だけは記しておこう。「みんなの日本語 初級1・2」「中級に行こう」「みんなの日本語中級」は、間違いなく良い教科書である。もちろん、他にも良い物は数多い。 《了》

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