2009年5月17日日曜日

ハノイで観た映画「モーターサイクル・ダイアリーズ」

エルネスト・チェ・ゲバラの映画「モーターサイクル・ダイアリーズ」をDVDで観た。ハノイの僕のオフィスで。以前このブログに「東京のオフィスの近所のレンタルビデオ屋で借りたが、40分ぐらいの所に傷があるらしく、何度掛けてもそこで止まるので諦めた・・」旨の事を書いたことがあった。それを読んでいた当校の佐藤文先生が「お気の毒に」ということで、貸してくれたのだ。ビデオ屋のレンタルものと違って、佐藤先生のは二枚組であった。本編とドキュメンタリー(普通のメイキング映画とは違う)という僕にとっては垂涎ものだ。

15日深夜と16日に何と本編は2回も観てしまった。本編も単に本編だけでなく、「未使用のシーン」とかプロデューサーであったロバート・レッドフォードのインタビューとか、監督のインタビューまで入っているサービス振りなのだ。ヘラルドとアミューズに乾杯だぜ。何処から書いたらいいか迷っちゃうほどの内容盛りだくさんなのである。

さてさて、僕にとっても英雄のゲバラを今更僕が論評してもしょうがないので、この映画を通じてお話ししたい。マックス・フォン・シドーを若くしてそれに草刈正雄をちょっと入れたような、キリスト役が相応しいような知的ハンサムな(修飾が長くなったが)監督のウオルター・サレスがインタビューで語っていた。「原作は、僕らの世代(ラテンアメリカ)のバイブルでした」とね。そうなんだろうと思う。調べたら、彼は1956年生まれだから、いま52歳。で驚いたのはあの驚愕のブラジル映画「シティーオブゴット」のプロデューサーであったのだ。そうか、そうか、流石だと合点した。

1952年1月、エルネスト(チェ・ゲバラ)23歳医学生と生化学者アルベルト29歳の二人のロードムービーがチェが書き残した日記の原作通りに始まる。きまじめでやや線の細いエルネストとラテン系そのもので明るくナンパなアルベルト。旅は人を成長させると昔から言われる。まさにかわいい子には旅をさせろだ。衝突しながらも、友情を深めてゆく二人は、南米におけるスペインの歴史的暴虐を知り、またアメリカとアメリカの国策企業に莫大な富を独占され、古代から自分たちの土地で文化を育み生活してきたアンデスの先住民族や地元民が南米各地で駆逐され、まったくの無権利で悲惨な生活をしいられている現実を見て行くことになる。青年のその認識過程をこの映画は作意をせず、役者ガエル・ガルシア・ベナル(エルネスト役)自身の変容とエルネストとの成長を共振させ、見事な青年の成長の記録して描ききっている。天空の古代都市マチュピチュの誰もいない遺跡で佇み思索する二人、印象的なシーンだ。

ペルーのハンセン氏病のサナトリウムで、ボランティアの医療従事者として働きながら、エルネストは、24の誕生日に無謀な河泳ぎをして、向こう岸の重症患者の隔離病棟へ渡りきる。多分、この行為は今までの自分と別れを告げ、次の世界に踏み込むための彼にとっての必要な儀式であったに違いない。いわば、ルビコン川を渡るための、シーザーの様にね。医学生エルネストから、革命の司令官チェ・ゲバラになるための賽(さい)はこのシーンで正に投げられたのであった。

映画の中程から(エルネストが世界の矛盾を感じ取り始めてから)、モノクロの記念写真風な肖像ムービーのシーンが多用されてくる。アンデスの先住民、放浪を強いられた人々やクスコの市井の民衆たちの、悲しみに満ちた表情が止まったレンズ空間の中にも微妙に動くこの肖像の撮影はこの映画「モーターサイクル・ダイアリーズ」のエルネストとウオルター・サレス監督のメッセージを忠実にスクリーンに投影せしめる新しいメソッドになった。「うう〜む」唸るほど、効果的な演出だ。ちょっと観念的過ぎる我がゴダール先生の有名”黒画面”より上等な演出術だね。

また、2002年撮影当時83歳で生存しているアルベルトの逞しい記憶力による映画の演出へのアドバイスが、このオートバイ南米縦断ツアー映画の成功を導いている。
もう一度言う。旅を通しての成長物語である。青年の成長を自然に効果的に表現するのは2時間程度の時間しかない映画的表現では困難な代物である。この課題をしなやかにクリアできている秀作だろう。というより映画史に残るロードムービーとして、後世の識者からも賛辞を送られよう。

僕は20代の前半から中半まで、日活と東映の映画現場に居た。撮影現場はいつもプロとしての、職人としての自己主張と喧噪とが、言葉には尽くせぬ緊張を醸し出していた。監督の「アクション!スタート!」という瞬間に全てを集中させるエクスタシー。素人とかミーハーは入れないぞと言うようなギルド的な仲間意識。本編に付いていた「ドキュメンタリー:ゲバラと共に」はメイキング映画であると共に、83歳で生存しているアルベルトの50年後の追体験の旅の記録でもあった。

このドキュメント作品(本編でない方)を見ていて南米の映画チームも日本も同じだなと、懐かしさで僕の口元がほころんできちゃう。撮影助手が女性でいつも執ようにレンズの焦点を合わせている技は見ていて格好良かった。助監督の多分フォース(4人目)のカチンコを持った女性、そしてスプリクター(記録)とおぼしき女性も格好いい、いい女だ。音声、撮影監督、小道具のおっさんたちもジーンズで決めたしゃれ者ばかりだ。まったく日本と同じ雰囲気。嬉しくなってしまう。映画を理解するためには映画言語(マルセル・マルタン:みすず書房)があるわけだが、現場には現場の”撮影現場言語”みたいな共通言語もやはり在って、これもインターナショナルなんだなあと、あらためて解った。アルゼンチンタンゴ、マンボ、サルサなどなど、このドキュメンタリーにはラテンアメリカの快適な楽曲が満載だ。これもこのドキュメンタリーを楽しい作品にしている。

ロングインタビューの中で、当時はちょっとエルネストに比べて兄貴分であったアルベルトが、伝説になってしまった当時の相棒エルネストをちょっと褒めすぎかなと思わぬでもないが、無理もないか。相棒があの司令官チェ、になってしまったのだからね。
老翁アルベルトの相貌のクローズアップには、友情と希望に満ちた一群の青年たちが闘った革命への情熱がそこに蘇って満ちているかのように見えた。静寂な佇まいの中だけれどね。
エルネスト・チェ・ゲバラ・・僕の永遠のヒーローである。天才政治家フィデル・カストロが生存している内にキューバのチェの墓前に行き英雄チェ・ゲバラと対面したい。僕の当面の夢さ。でもこの忙しさで、それは叶うのかしら。

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