Wikipedia

検索結果

2011年8月24日水曜日

紳助のうそ / 南方熊楠のねこ

島田紳助は昨今の彼の勢いが本来から持っていた多弁な才能を猛烈に掘り起こして、まさに「ドヤ顔」そのものになっていた。彼をよく知らないがヤンキーからのし上がったらしく、80年代の漫才ブームを構成した一人であった。90年代には田原総一朗さんのサンデープロジェクトのサブ司会もやっており、僕もなかなかの才人だと思って居た。ひょっとするといつかは、タレントの頂点に近く行くか、道を変えて政治の道に入るかも知れないとそのあたりでは、正直そう思っていた。最近の「ヘキサゴン」、「行列のできる法律相談」などでは、ともかく、プロデュースの才能を見せてくれた。

その才能ある紳助が、昨日の会見では嘘に満ちた会見をしていた。こんな事長く書くつもりないが、このブログの3月に「記者会見の日本語」を書きかけて、中断したママなので、その「加筆」のつもりで、書いているだけだ。会見も自分でプロデュース&ディレクションしてしまったので、(会見時に紳助の隣にいた吉本の社長があまりにも無能そうだから、仕方ないのかもしれないが・・)見え見えの嘘が滲んで見えた。たぶん、「一番厳しい処罰は引退だ」と言っているが、本当は吉本に解雇を通告されたのだと思う。

Aさんとは、ヤクザで有名な元プロボクサーの渡邊某であり、「十数年前に困ったことがあって、Aさんの知人のBさんにたすけられ、解決した」といっているが、恐喝かかなりの暴力事件を紳助が起こしており、その相手をヤクザBが「暴力的にかつ金銭的にそいつを黙らせた」と言うことだろう。紳助は、そのとき1000万円はらったか、もっと何倍もAとBに支払ったか解らないけれど、元チンピラ紳助と違ってヤクザは「しつこい」一度世話したら、一生付きまとい「せびる」。

昨夜、逃げるようにして芸能界を去ることにしたのは、今後の紳助の報道価値を下げるためにしたのだろう。おそらく、紳助はBとその組織に数億円の請求というか、恐喝されている立場に置かれている可能性が高い。吉本サイドはそれをつかんでいるんだと思う。さらに各テレビ局、CMクライアントから、近々数億円〜十数億円の損害賠償請求も上がってこよう。吉本と各社の契約がどうなっているかしらないが、タレント個人の引き起こした不祥事と言うことで、吉本が減免される方向でそれに対処しようという企業の論理が働いて、解雇を言い渡したとおもう。会見で吉本と紳助の契約について質問がなかったようなので、不明だが、「情に忍びないので、引退という紳助の言辞を否定しなかったが」後日、公然か隠然か解らないが、「解雇」が明確にされる可能性は大きい。

温情で「引退」という形にしてもらって、ホッとした表情と今後襲ってくるだろう様々な困難への不安の気持ちが、紳助の目の焦点を遠くに向かわせて居たように感じた。自分の傲慢さに足を掬われた島田紳助の騒動は、かなり引きずるだろう。
会見の段取りプロの僕からすると、嘘はすぐばれるので、絶対まずい。危機の会見は「仕方がなかった」戦略しかないんです。今回、4つも5つも嘘で塗りたくっているので、無惨だ。「引退が最高の罰則」などと横暴にほざいた瞬間、記者たちは「引く」のだ。尻軽な記者連はシンパから、叩く側に位置を変える。紳助さん、もう、会見でごまかせる方法はない。50億円ぐらいあるだろう全財産の90%位を福島県の原発事故対策費用に寄付し、残りを家族に託し、本気に出家して坊主になってその上で、本を書いてベストセラーを狙う。残された道そのぐらいだろう。だって、しばらくすると、不動産ビジネスマン紳助は大阪の繁華街の一等地のビルの取得など難しい仕事をこのB氏なる山口組幹部の名前を「使った」可能性が指摘されるだろうからだ。

■宮本常一の民俗・生活誌「忘れられた日本人」(岩波文庫)は、僕の子供のころ1950年代の日本の生活が思い起こされ、楽しくなる。ただし、東北の踏査がすくなく、関西がおおいので、ちょっと感じがちがうものもある。読み始めて思うのは僕が小学校1〜2年生の頃まで旧正月が存在していた事だ。仙台の市内でね。ややハイカラであった我が家は行っていなかったが、ご近所の庄屋さんの様な大きな農家では、同年二度目の正月を2月にやっていた。また文字を持たない伝承が意外に多いらしい。また、西日本は村全体の伝承がおおく、東日本はここの家のなかの伝承が多いとか。「講」とか「衆」などが多様に組み合わされて相互扶助がなされていた。さらに性が自由で解放されていたことなども、改めて驚かされる。ラストの網野義彦さんの解説が嬉しい。

日本の怪人というか、細菌学の権威であり、八カ国語も話せる翻訳者でもあって、何でもしってる博物誌学者でもある天才南方熊楠の波乱の生涯を水木しげるさんがマンガにしたのがこの「猫楠」(角川文庫)だ。我が輩は猫である風情に熊楠がかっていたであろう猫に人格を与え、猫を通して彼を描写しているから、何とも愉快に仕上がっている。猫語も出来る怪人ならではの設定だ。傑作のコミックスとして、是非、皆さんに薦めたいなあ。荒俣宏が解説で彼を「奇傑」と評していた。

《ブログご高覧感謝》
僕のブログの中でページビュー多いタイトルと日付け、紹介しておきます。ぜひ、ご高覧ください。

・2008年11月 赤塚不二夫先生のこと
・2009年1月 「ジャクリーヌ・ササールとかBB(べべ)とか」
・2009年5月 ゲバラの映画「モーターサイクルダイヤリーズ」
・     5月 カムイと名著「ベストアンドブライテスト」
・2009年10月「救うのは太陽だと思う」
・2009年12月「爆笑問題の失笑問題」・・・1日で1440のPV
・2010年1月 阿倍仲麻呂はハノイの知事である。
・2010年2月 MAC・MAC / 立松和平さんの死
・2010年3月 「サンデープロジェクトの打ち切り秘話」
・2010年12月 映画「ノルウエーの森」の失態
・2011年1月 「お笑いの山崎邦正のベトナムアルバイト」
・2011年3月 メイドインジャパンから「Made by JAPANESE」
          の時代認識へ
・2011年3月 「大震災をベトナム人は語る」
・2011年4月 「東京物語・荒野の7人・シンドラーのリスト」
・2011年5月 「人口8000万人時代」を構想する
これからも、よろしく、ご高覧ください。阿部正行

0 件のコメント: