2010年1月31日日曜日

生死の淵に佇む人へ / 藤原新也さんのこと

■ 先ほどNHKで、「私の子供時代」とか言う番組でたまたま藤原新也さんの子供時代をやっていた。偶然途中から見た。藤原さんは、写真とエッセイを両建てで展開する写真家であり、思索家というか哲学家である。僕は20歳代から好きで「七彩夢幻」とか「全東洋街道」「逍遙遊記」「メメントモリ」「アメリカ」とか、持っている。「東京漂流」も在ったかも知れない。「七彩夢幻」は当時華々しかった池袋パルコとタイアップした作品であったと思う。大分後で一緒に一度だけ仕事でご一緒させていただいた石岡瑛子さん、山口はるみさんらも、この本のアートディレクターとして参加していたんじゃあないかな。残念ながらこの大判の美しく怪しげな原色の色彩光線を放つこの本は、誰かに貸してしまって無くなっている気がする。藤原さんは、僕のたかだか4才上に過ぎないのに、僕ら20歳代のもの好きなややとんがっっていた連中に圧倒的な影響を与えた。天才だと僕は思っている。

この番組によると藤原さんの生家は、小さな割烹旅館のようだったらしい。伊達巻き卵を作るのが得意な板前であった父親の不思議な存在というか生き方が藤原少年の脳裏に威厳とファンタジーがない交じった感覚で残っているようだ。父親は、渡世人でもあったようだし、いつも周りには風の様に出入りする得体の知らない大人たちがいた。おそらくその周りにあった風来とか、旅そして別れなどが写真家としての藤原さんの思索と漂流に大きな影響を与えたのだろう。16才の時父の家業が破綻し一文無しで東京に。その後、東京芸大へ行かせ、写真家に押し上げる何かが、その当時に醸造されていったのであろう。

その藤原さんをやはり普通のアーチストとしてではなく特別視して、在る意味で対抗視していたのが荒木経惟(のぶよし)さん、天才アラーキーさんである。もちろん、荒木さんは藤原さんとは、まったく別な意味で、森山大道さんも、別格視している。そのアラーキーさんとは1980年代数年間ビデオの仕事が中心だが、ご一緒に仕事をさせてもらう機会があった。まだ、奥さまの陽子さんが健在の時分である。そういえば、静岡の富士山が見えるデパートの芸術イベント会場で今は30才ぐらいになった息子が彼の天才にだっこしてもらったことが、あったっけ。そのころ、荒木さんの広い交友の中から、作家の小林信彦さんを紹介してもらったこともあったなあ。当ブログの2008年11月の「赤塚不二夫先生」の項にもかいたが、赤塚先生を僕に紹介してくれたのはこのアラーキーさんでした。

その荒木さんとも、10年も前に飲み屋でばったりとか、渋谷の街頭で「どうもどうも」が2,3回あっただけで、最近は全くご無沙汰している。でも、最近の様子を撮った写真を見るとベランダ風景が見えるので、豪徳寺のお宅は変わっていないようで、何となくうれしくなる。最近は梱包して奥にしまってあるが、いただいたA全の額入り作品を持っている。僕の数少ない財産の一つだ。ついでにちょっと得意気にご披露すると日比野克彦さんからいただいた段ボール系作品も持っています、エヘン。

■ さっき(2月3日夕刻)東京の娘から至急のメールと電話がハノイの僕へ。仙台の親爺が危篤だという。もっと正確に言うと心肺停止状態という。で、10分ぐらい後の次の報で、何と息を吹き返したという。流石94才まで伊達に生きていない。3日前の1月30日土曜には入院していた仙台の病棟で会った。この半年で急激に全体の老衰が進んでおり、両腕などは胸に押し抱いて硬直状態であった。でも、面倒を見ている弟が言うには、久しぶりの長男の帰還で顔色がいい、と。既に声を発する力がないのだろうか、読唇術でもない限り、父親のほぼ最後であろうメッセージも読み取れないもどかしさに苛まれる。毎日父と顔を合わせている弟や奴の奥さんからしてみると「マ・サ・ユ・キ」って言ってるとか。ほんとかえ。

元来、102まで頑張るって言っていた手前、94才程度では、死んではいられないだろう。が、インテリ親爺らしく、根拠は良く分からないが「95〜96才が山場だから」と弟に言い切ってもいたようだから、本年7月に95になる彼としては、断固としてクリアしたい心中だろう。僕も、ハノイに昨日来て、最大限重要課題に7日まで取り組んでいるので、そう簡単に天国に召し上げられても仕事関係が大混乱に陥りそうで、不安がよぎる。
でも、何故か悲嘆に暮れたりのリアクションが僕の体内から湧き出てこない。小学校の高学年時には父親が最大の尊敬人物であり「親爺のためなら死ねる」と途方もない観念を膨張させた少年であったこの僕が、なぜいま、客観的にこのブログなどを認ためられるのか。不思議なものだ。生の絶対値が終焉しようとしている時には何処でも生成されるのだろうか、ハノイからでも僕の意志が伝播するかのような不思議な錯覚作用体内物質が僕の脳髄辺りを支配する。「お父ちゃん、がんばってくれ」

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