2009年2月24日火曜日

ホイアン2

いきなりホイアンでの紀行に入るのも野暮なので、今日の朝の映画的出会いを一つ。朝、都庁関係の国際支援の部門に相談がありお邪魔した。ちょっと淀川長治さん風なUさんという方が現れた。僕からの相談目的は、ハノイの学校の活性化のための企業情報の収集なのだが、お会いして10分も経たないうちに何故かしら、ほんとに何の切っ掛けでそうなったか覚えていないが「笛吹童子知ってますか」と聞かれ、僕「シャリーコシャラレードー♪♪でしょ。」と答えていた。いやはや、これ以上楽しい会話はないですよ。と言うことで、近々新宿あたりで映画談義を下戸のUさんと、コーヒーやりながら、交じわすことと相成った。

で、改めて、ホイアン。ベトナムの理工系の高学歴の青年たちは、フランス的な習慣と文化もあり、言わば学歴の下の人や職人さんと一緒に仕事することは少ない。で、それに輪をかけてしまう環境が”大学に予算がないので、最新機械の導入がほとんど行われていない”と言う現況だ。つまり慣習と環境とがダブルで、現場で機械を使って体得する学習の機会を少なくさせているのである。ところが、変化も少しある。最近、ハノイ工科大よりも「レベルが低い」とされているある工業大に日本企業とか外国企業の寄付が集中し、一気に学習インフラが近代化された大学がある。その理由も含めちょっと僕は注目している。来月は視察してみよう。

で、当校のホイアンにいるトライアル4人組だが、現場で再会したら、何を隠そう予想以上に逞しく見えたのだ。まだ、10日程度であるにもかかわらずね、教室で日本語の会話を学んでいたときより、「男」になっていた。火花が散り、金属音があたりを切り裂く熱い現場で、彼らは、それぞれに「結構面白いですよ」とこの僕に言ってのけた。若者は凄い、奴らはやるぞ。思わず僕の瞼が震えた。滝野さんという長らく橋梁の分野のベテランの講師の人間味も最高。日本人誰もが知らないベトナムの片田舎で滝野さんの意志や本物の技術が、何物をも熔解させる灼熱の現場を創造させていた。4名はラッキーだよ。当校の彼らダオ、クイ、チャウ、ディエップの4君は4月に内定の朗報と共に、一皮むけて、ハノイに凱旋することだろう。

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