Wikipedia

検索結果

2009年2月19日木曜日

中部HOIANに行って来た。

ホイアンには、鎌倉時代に日本人町があり、そこでは2000人もの日本人が貿易などに勤しんでいた様だ。日本人にとって馴染みある歴史の町である。イスパニアの「ヤポン」さんの町等と同様に日本人は実は海洋冒険家も多く、世界のあちこちに日本人町があったようだ。また、朱印船や海賊の男たちとはまったく環境も位相も違うが森崎和枝の「からゆきさん」や山崎朋子「サンダカン八番娼館」にある様に強いられていた人々ではあるが、東南アジアだけでなく、アフリカまで自分の運命に逆らわず短い人生を、絶海の海の風と帆に託した女たちも数多く居た。
江戸幕府の鎖国政策によって、多くの日本人が帰国を余儀なくされたが、帰国せず越南の歴史のうねりに身を投じて行った者も数多くいたと聞いている。
今回ホイアンは3回目、17日の午後に行って、18日の午後にはハノイに戻っていたので、落ち着かない紀行となった。

当校の学生は全員ベトナムを代表するトップ大学の卒業生たちである。その彼らの大きな課題点の一つは大学の授業で最新の機械を使い「もの作り」をしたり、身体で体得するような現場作業の体験が少ないということである。フランスの労働の価値観の残滓ともいえるが、大きな要因は大学に良いマシーン、最新の機械が導入されていないのである。最近は良くなってきたとはいえ、つまり、途上国の大学の現状はまだまだ、こんな予算がない状況なのだ。これを少しでも突破し、「腕に技術がある大卒生」「溶接も出来る最優秀生」を輩出させようと、今回企画されたわけなのである。

母体はホイアンにある国立の職業訓練学校の中に日本の「鉄工・溶接業界」の有志のみなさんが、一昨年から立ち上げたプログラムだ。そこと提携したのが今回の当校の試みである。そういうことで久しぶりのホイアン行きとなったわけだ。飛行機でハノイから1時間弱、ダナン空港に下りると、大分地方に来たという感じがしてくる。ダナン市はご存じの様にベトナム戦争当時アメリカに占領されていた一大軍港があったところだ。目指すホイアンは、ここから車で30分。溶接学校がある国立職業訓練学校の校長が、愛想良く空港まで迎えに来てくれた。空が青い。地平線には、少し赤みが差してきた。数年前に2度ほど宿泊したことがある「フラマリゾートホテル」が目的地に行く道すがらちらっと見えた。快適なロードが続く。

空耳だろうか、シェーンの「遙かなる呼び声」が馬の闊歩のリズムで耳に現れた。
「シェーン、カムバック」の少年の声が寂れた俺の脳髄に響く。監督のジョージ・スティーブンスがキリスト者では有名だが、今回ハノイでビデオを見ていて、鈍い僕でもジーン・アーサーの清楚な愛が、如何にこの「シェーン」の重要な骨格になっているかが改めて僕の映画的記憶に染みてくる。しかし、実はモルモン的清教徒の誠実さや常識的健全観念が、如何に社会の現実に無自覚で、逃避させてきたか、結果差別を許し醸成してきたか。それに対する生理的嫌悪が僕の中で少し首をもたげてくる。10回以上も見ている「シェーン」に初めての明確な違和感だ。一回目は僕が小学校高学年に父と一緒に、叔父が経営していた仙台東一番町の仙台松竹で見たと思う。

ついでに、どうもこの土日、いきなりビデオが見たくなり、近所のビデオ屋から、サガンの「悲しみよ、こんにちは」とか、ゲバラのあの世界的有名な「肖像写真」を撮ったカメラマンのドキュメント「コルダ」、とかエンリオモリコーネの曲も聴きたくて、セルジオ・レオーネの「ワンス・アポーン・ア・タイム・イン・アメリカ」とか、ゴダールとローリング・ストーンズの「ワン プラス ワン 悪魔を哀れむ歌」のDVDを借りた。「悲しみよこんにちは」はビデオテープ持ってるがデッキは既に廃棄の時代、久しぶりに見たが、オットープレミンジャーの演出も今見るとノンビリしてるし、気になったのはあのキュートなはずのジーン・セバーグが美しくない、魅惑に欠けて見えたことである。多分、4回は見ているのだが・・。僕の生理があのセレブ生活に嫌気がさしているのかも知れない。最後に居眠りし、見直す気にもならなかったほどだ。

「コルダ」はカストロのお付きのカメラマンであったコルダ氏の革命前はファッションカメラマンで、革命の証言者に変わっていった人物の道程を追うもので、彼が数年前まで生きていたこともあり、もの凄く時間の軸を自在に動かした深いドキュメントになっていた、10年ほど前のカストロとの彼の懇談も貴重なものだ。監督は僕の知らない若手で、アメリカ人の様だ。ゴダールの「ワン プラス ワン」も初めて見る作品で期待がふくらんだのであるが、何と僕のMACでは、動かず。なんてこった。
で、「ワンス アポーン・・」をゴロ合わせではないが、代わりに借りたわけだ。実は最近のベトナム航空の機内で、乗る時と降りるときに静かに流れる楽曲が、このエンリオ・モリコーネのこの曲と思って、その確認のためもあったのだ。でも、映画を見るとどうも違う。オカリナを使ったようなあの1930年代のニューヨークの光と影を詠うようなメロディーは同じなのであるが、違う曲だというのは、わかった。ベトナム航空に聞くしかないな。しかし、この映画の壮大さ、構想の太さは正に尋常じゃあない。一介のユダヤの不良少年が大物ギャングにのしあがり、更には連邦準備銀行の総裁まで上り詰めるアメリカ社会の暗渠をイタリア人監督のレオーネが執念で描いている。名作中の名作だろう。今回で4,5回みたが、またまた発見は多い。225分。すごいぜ完全版。

ということで、ついでに榊原英資の「金融恐慌の深層 メルトダウン」読んだり、元フォーブスのフルフォードの「ルシフェリアン」読んだりで、結構忙しい土日であった。榊原さんは、元東大の全学連の社学同の幹部で、革命諦めてさっさと大蔵省に入って「ミスター円」と言われた名物官僚。リタイア後、慶応教授から、最近早稲田に移っている。僕の7,8年上かな。「ルシフェリアン」は2001年の9月11日の事件はブッシュ家も深く絡む謀略であるという、また、同時にキリスト教プロテスタントの本性と魔性を分析した本だ。やや、荒唐無稽な部分もあるが、一気に読ませる。
・・ということで、ホイアンの続き書くのは疲れた。次回ということで。

0 件のコメント: