2011年10月5日水曜日

ヤモリがぺたり/ 「韃靼の馬」

ベトナムでもヤモリは家の神様と昔から言う。日本もベトナムも同じ発想だね。「家守る」だものね。昔、家の蜘蛛も大切にしていた。なんでも科学的にいう親爺でさえ、蜘蛛は家の番人とかなんとか言って、決して乱暴なことはせず、大晦日の大掃除の時でさえ、キリスト者らしく「ごめんなさいね」みたいなことをぶつぶつ言いながら、軒下の蜘蛛の巣の掃除をしていたが、全部こわさない配慮をしていたように脚立の下にいた僕には見えた。もちろん、ヤモリにも敬意をもっており、追い払ったことはあっても、いじめはしなかった。そう言う親爺だけれど、さすがコウモリにはあまり愛情や敬意はなかったようだ。いつも夏の夕刻に数万の軍団で夕空を一体になり群れて飛んできていた。まとまって飛んでいると色んな造形になり、凄みすらあったね。ちょっと5分ほど行ったところに東照宮(仙台にもあるんです)の森があり、防空壕とか洞穴がおおく、どうもそこがコウモリのねぐらになっていたようだ。父は何処で知ったのか、庭の真ん中で、物干し竿を真っすぐに立てて、上部で円の描くように振る。するとばたばたと、コウモリが寄ってきては物干しの竹竿に殴られ落下してきて、真下に居た僕や弟、父の頭上にポトリとあたっては、地面に落ちた。気絶状態のようだった。

で、父はその中の一匹を電灯のもとに持って行き、コウモリの羽とか、小さい足とか、意外にかわいい顔とかを見せて科学者の顔で解説してくれた。1957〜58年頃のことだろう。日本中を二分した安保闘争のまえであったとおもう。僕小学3〜4年生だね。
ということで、さっき、ハノイの僕の部屋の窓を開けたとたん、窓を押した右手の甲に茶色の、でも結構白茶の柔らかいゴムのような物が落下して、「ヒタリ」と吸い付いた。ワニのような顔していた。日頃は「家の守り」と考え壁や塀に居て鳴いている彼らの存在に愛嬌を見ているが、いきなり甲に乗られると、ビクついた。おっと思って手を払ったら、いずこにか消えた。ごめんね、ヤモリ君、いきなり来るなよ。たぶん、僕のベッドの上あたりに落ちたのだと思うが。そろそろ、女中さんが来る時間だよ。ベッドメイクの前に逃げ出した方がいいぜ。

■「韃靼(だったん)の馬」凄いね。阿比留文字の事から導入だ。どきどきです。辻原登さんって、初めてなんです。 つづく・・

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