2012年5月6日日曜日

ベトナム語・漢語・和製漢語の関係ちょっと面白いよ。

以下は「日本語教育」というメディアに掲載されたものです。出来るだけ、特にベトナム関係者が多いこのブログで多くの方に読んで頂きたく、例によって勝手に不法にコピーさせていただきました。中半からは、WEBに飛んでご作成者名も含む原稿全部を高覧頂けるように致しました。関係者の方には大変恐縮ですが、ご理解を賜りたく宜しくご高配下さいませ。責任は全て阿部正行にあります。(*読みやすくするために一部整理・削除などした)


「世界の日本語教育」18号             2008 年 6 月発行

「ベトナム語母語話者にとって漢越語知識は日本語学習に どの程度有利に働くか 」
――日越漢字語の一致度に基づく分析――

・研究者 松 田 真希子、タン・ティ・キム・テュエン 他

要旨
本研究は,ベトナム人日本語学習者のための日本語の漢語とベトナム語の漢越語の対照分析
である。現代ベトナム語は漢字を使用しないが,語彙には漢語からの借用語(漢越語)が多い ため,韓国語・日本語と同様に漢字文化圏に属する.そのため,ベトナム語母語話者は,日本 語を学ぶ際に学習ストラテジーとして漢越語知識を活性化させていることが明らかになってい る。しかし,実際に漢越語知識がどの程度日本語学習に効果があるかはまだ明らか にされていない.そこで本研究では,ベトナム人学習者が日本語を学ぶ際,漢越語の知識がど の程度日本語学習に役立つかを明らかにすることを目的に,日本語能力試験出題語彙全約 8,000 語に占める二字漢字語約 4,000 語における漢越語との意味の一致状況を調査した.その結果・・・

(1) 二字漢字語においては全体の 5 割が一致語や類似語である。
 (2) 1 級と 2 級の二字漢字語については日越漢語の一致や類似が 6 割近くに達し,更に語
彙全体に占める二字漢字語の比率も 1 級 56%,2 級 46% と高くなっている.
(3) 4 級語彙については日越の漢字語彙の一致度は多くとも 2 割以下である.3 級も同様に
一致度は低い.
(4) 和製漢語と漢越語の一致率は 6 割以上であり,学術専門用語であれば更に一致する可能性がある.

・・・ということを明らかにした.これにより,漢越語知識は日本語の習得に役に立つが,特に効果 が発揮されるのは中級以降であること,また学術専門用語の学習には漢越語知識が役に立つ可 能性が高いことが明らかになった.
ただし日本語学習における漢越語の効果については個々の意味の対応の調査だけでなく,書 字や音との関係性も踏まえて漢字語彙の認知処理の状況を調べる必要がある.今後の課題であ る.

1.は じ め に

近年ベトナム人日本語学習者数は急速に増加している.日系企業の工場進出に伴う日本語需要 の増加が第一の原因と考えられるが,多くの若年層を抱え,高等教育機関も不足しているベトナ ムでは,日本への留学生数も急激に増加し,2006 年ではマレーシアを抜き中国,韓国,台湾に 次ぐ第四位となった.今後も日本語学習者や日本への留学生数は増加することが予想される.
一方,学習者数の急激な増加にもかかわらず,ベトナムは他の日本語教育先進地域(アメリカ, 中国,韓国,タイ,マレーシア)などと比べ,日本語教育の基礎研究も教材開発もほとんど進ん でいない.音声研究でいくつかまとまった研究があり1,自国で製作された語彙集,表現集や日 本で製作された教材の翻訳版が多少ある程度で,語彙,文法,聴解,教授法等あらゆる方面で研 究を推進する必要性がある.

本稿では,ベトナム人の日本語教育への基礎的な研究成果の蓄積に貢献する研究の一環とし て,漢字教育に焦点を当てる.漢字教育を取り上げる理由は,漢越語の正の転移にある.世界中 の言語の中で,日本語を学習する上で最も有利な母語が韓国語であることは間違いないだろう. そしてベトナム語の語彙は韓国語と同様,固有語の上に漢字語(古典中国語系語彙)と英語など の欧米系借用語の二つの上層を持つという意味において日本語と似た語彙構造を持っている.実 際ベトナム人日本語学習者が日本語の漢字語と自国の漢越語に一致を感じることは少なくない. しかし,漢字圏といわれる中国語や韓国語母語話者と比べた時,同程度に日本語の習得が早いと いうことは決してない.果たして彼らにとって漢越語の知識はどの程度日本語学習に有利に働き うるのだろうか.

本稿では上記の問題意識に基づき,ベトナムで用いられている漢字語(漢越語)と日本語の漢 字語の対照データベース作成にもとづく調査結果を報告し,ベトナム人にとって効果的な語彙教 育に関する考察を行う.具体的には,日本語能力試験出題語彙における二字漢字語約 4,000 語を ベトナム語と対照し,漢越語がどの程度日本語の漢字語と一致しているかについて分析すること にする.

 2.ベトナムにおける漢字教育における漢越語使用の現状

現在,ベトナムでベトナム語母語話者に対して漢字教育が行われる場合,!漢越語は日本語学 習に有利に働くため積極的に活用したい"と考える教育機関と,!有利に働かないため積極的に は利用しない"と考える教育機関とに分かれる.
最も積極的に利用している代表的機関としてはホーチミン市のドンズー日本語学校がある.そ こでは学習開始時にまず漢字に対応する漢越音を約 800 字導入している.これは,その後の日本 語学習で導入される語の漢字に漢越音をあてはめて意味を類推しやすくするのが目的である.他 の日本語教育機関でも漢字の導入の際,その漢字そのものや,その漢字を用いた漢字語彙に相当 する漢越音を導入する機関は多い.ハノイ国家大学外国語大学やハノイ外国語大学(現ハノイ大 学)もこれに該当する。
一方,消極的立場に立つ機関では,漢越語と漢日語の意味のずれを警戒し,非漢字圏の学習者 と同様に漢字を教えている.漢越音導入を積極的に行わない機関としてはハノイ貿易大学,ハノ イ国家大学人文社会大学などがある。
日本で日本語教育を受けるベトナム人学生も,漢字を学ぶ際,漢越語の知識を教室で提示され ることはほとんどない.日本では,ベトナム語を漢字圏と認識している日本語教師自体が少ない ことも一因であろう.
一方,教える側とは異なり,ほとんどのベトナム人学習者は自身の漢越語知識を学習に利用し ているとの調査結果がある.ベトナム人日本語学習者の漢字学習ストラテジーにおける漢越語利 用の有無については Tuyen(2003)の研究がある.Tuyen はハノイの 4 つの日本語教育機関(ハ ノイ国家大学人文社会大学,ハノイ国家大学外国語大学,ハノイ外国語大学(現ハノイ大学), ハノイ貿易大学)で日本語を学ぶ学生 416 名に対して,Bourke が開発した漢字学習ストラテジー SIL+(Strategies Inventory for Kanji Learning Version 1994)を改編した質問表に基づいて調査を 行った.その結果・・・

(1) 漢字学習ストラテジーをグループ別に見た場合,!漢越音"は!感情的反応"!文脈の利 用"についで使用される頻度が高い。
(2) 具体的なストラテジーごとに比べた場合,特に!漢越音を覚える",!漢越音から連想する" というストラテジーは漢字学習ストラテジーの上位(66 項目中 3 位と 5 位)に位置する。
(3) 教育機関で漢越音を積極的に取り入れるかどうかにかかわらず,学習者は漢越音を漢字
学習ストラテジーとして積極的に利用しているということを明らかにしている.これより,ベトナムで学ぶベトナム人日本語学習者は教育機関 にかかわらず学習ストラテジーとして漢越語を積極的に活用していることがわかる.

3.日本語の漢字語(漢日語)と漢越語の特徴


日本語の漢字語の特徴はいくつかあるが,第一にその多様な読み方が挙げられる.いわゆる音 読みと訓読みの二種に加え,音読みに限っても,取り入れた時代や地域,位相4 によって三種類 の読み方がある.時代別に呉音(六朝時代・江南),漢音(唐時代,長安を範とする北方音),唐 音(宋音,南方)がある.現代日本語の音読みに見られるこの多様性は,現代中国語及び他の漢 字圏においても見られないため,漢字圏出身者にとって日本語習得の難しさの一つとなっている.
第二に同音語の多さが挙げられる.玉岡(2002: 27,2005: 49)によれば,日本語には中国語 のような声調がないため,漢字導入時に中国語の漢字の発音が単純化され,多くの異字同音の漢 字が生まれた.常用漢字中,多いものでは,/syoR/(R は長母音を表す)と発音される漢字が 65 字(全て音読み),/koR/と発音される漢字が 65 字(1 字だけが訓読み)にも及ぶ(図 1).この ことも漢字圏出身者にとっては日本語習得の難しさの一つとなっている.
第三に和製漢語の存在が挙げられる.日本では,明治時代前後に欧米の学問成果を導入するに あたり,多くの和製漢語が形成された.科学技術,社会,哲学などの抽象的概念を表す語が多 く,和製漢語の多くは中国,韓国,ベトナムに逆輸入されている.尚,和製漢語の多くは漢音で 作られている.
次に,ベトナム語の漢字語(漢越語)の特徴について述べる.ベトナム語の辞書に登録されて いる単語の 7 割が漢字語(“tù’ Hán Viêt:漢越語)といわれており5,これらは漢字表記が可能で ある.過去,対応する漢字が無い語については,漢字を応用した独自の文字チュノム(字喃)を 作り,漢字と交ぜ書きをすることが行われた.現在ではラテン文字にアクセント記号をつけて表 されるクォックグーという表記法が用いられており,書字としての漢字は使われていない.

以降、コピーしにくい表も多いので、改めてURLで、本文をお確かめ下さい。頭から全文が読めるはずです。
www.jpf.go.jp/j/japanese/survey/globe/18/02.pdf


大変重要な論文です。日本が作った和製漢語(= 日本語)が中国を通さず、太平洋戦争後、ベトナムだけでなく東南アジア一帯に使用され流布したものも多いと聞いている。まさに、この論文はその研究の入り口を示しているかのようです。この論文の目的はベトナム人に日本語を教えている日本人教員向けのものですが、実は僕はその意味だけでない日本語の現代的な広がりについて関心があり、その一つとして、採り上げました。阿部正行

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