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2012年7月9日月曜日

大川小学校の七夕 / ハノイのオフィスに朝顔が


大川小学校のご遺族のひまわりのお母さんぐるーぷ福田さんからいただいた学校門に6日に設置したときに撮った七夕飾りの写真です。昨日8日はご遺族と石巻教育委員会の話し合いが行われたと新聞にでていました。教育委員会はなぜ、亡くなった子供たちの気持ちや子供や家族を亡くした、それも兄弟姉妹を一度に亡くされたご遺族も多い遺族会に少しでも近づこうとしないのかわかりません。七夕飾りに託された皆さんのお気持ちが少しでも実現されますように。

さっき狩野さんから送られてきたまさに7月9日月曜朝の三角地帯のひまわりたちです。
スピーディにだいぶ生育していますね。




6月24日のお写真。苗の植え付けを皆さんでやっておられます。


これは朝顔。6月28日
以上のお写真はひまわりのグループ福田さん、狩野さんから送っていただいたものです。

【参考】以下は朝日新聞電子版の7月9日朝刊からです。
東日本大震災による津波で児童・教職員計84人が死亡・行方不明となった宮城県石巻市の大川小学校の惨事について、8日、市教委による遺族への5回目の説明会があった。遺族からは市教委のこれまでの説明の矛盾点が指摘され、「もっと真剣にやってもらわなくては」との声が上がった。
児童の遺族ら約40人が出席。5時間以上にわたって質疑応答が行われた。
震災当時、同小の校庭では児童が教師に山へ逃げるよう求めていたことが、助かった児童の証言で分かっている。これについて市教委は今年3月の説明会で「こちらの聞き取りでは把握していない」と回答した。
だが、昨年6月に行われた説明会の記録を調べた遺族が、その時は「『山さ逃げよう』という男子がいた」と市教委は説明していたと指摘。市教委側は根拠を明確に答えられず、子どもから山へ避難するよう進言はあったと認めた上で、改めて調査する考えを示した。遺族からは「真実が知りたい」との声が上がった。
同小にいて助かった男性教諭は現在休職中で、市教委は証言させることについては主治医の許可が出ないと説明。だが、行方不明の児童の母親は「責めるつもりはない。1年4カ月も子どもを捜している。何かの手がかりが聞きたい」と訴えた。
また、大川小の被災に関連する公文書の保存期間がものによってまちまちであるとの疑問が出され、市教委は今後はすべて「永年保存」にすると回答した。
説明会では遺族から市教委の責任を問う声が上がったが、説明会後の記者会見で境直彦教育長は、関係者の処分は行わない考えを示した。
同小6年だった次女を亡くした佐藤敏郎さん(48)は説明会の後、「『行ってらっしゃい』と言われた『命』が波にのまれていった。分からないことは最後まで分からないかも知れないが、真剣に向き合ってほしい。命の話をしたい」と語った。


■やっと、ハノイのオフィスの朝顔が開花した。
あんまり植物を愛でることがなかった僕ですが、年齢もねんれいになってきたこともあり、正直うれしい。ただ、ひまわりが、うまくいかずに、知人がいま、ベトナムの南部のリゾートのブンタオに植えてくれて、いま、開花しはじめたらしい。苗床で保護しながら一定の大きさまで生育させてからでないと、大雨もあるベトナムでは難しいね。方法を検討しないとね。ブンタオからは近日写真がきます。楽しみですね。今年は、ベトナム各地とはいかなかったけれど
大川小学校のお母様たちの思いは広がっています。



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